エディターが新しい沼への扉を開いたのは「バレエ ザ・ニュークラシック」でした。
ものすごいものを見てしまった。
これが率直な感想でした。
「白鳥の湖」よりオデット、二山治雄 photography: Fukuko Iiyama
2024年8月2日(金)、3日(土)に新国立劇場で行われた舞台「バレエ ザ・ニュークラシック」は、熊川哲也率いるKバレエ トウキョウのプリンシパルとして活躍する堀内將平と写真家の井上ユミコを発起人にダンス、ファッション、アートを融合させながら、これまで500年以上の伝統が築いてきたバレエの礎を現代の価値観で再解釈するプロジェクト。
2022年に行われた第1回に続き、演目もキャストもリフレッシュした今回の公演は、チケット完売の末、既に終了しているのですが、編集TERUMIの美の基準が変わるほどの衝撃だったのでレポートします。次回公演があるなら必ず体験して欲しい!
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「Anomalous」、(左から)ドラムのテオクソン、佐々晴香 photography: Fukuko Iiyama
今回のプログラムは、中村祥子ら国内外で活躍する12人が集結し、古典やコンテンポラリーなどを交差させた8作品がラインナップ。
まず、開始すぐにそのエネルギーに引き込まれたのが、1演目めの「Anomalous」でした。体の奥にずしんと響く力強いドラムの生演奏とベルリン国立バレエ団 プリンシパルの佐々晴香のコラボレーションは、軽快でチャレンジング。リズミカルに放たれる音と研ぎ澄まされた肉体、二人だけのシンプルなセッションにも関わらず、視覚と聴覚が絡め取られていく......。ドラムなだけに、映画『セッション』を観ていたときのようなあの集中と没入感に開始10分足らずで、ああ、「バレエ ザ・ニュークラシック」の魅力からもう逃げられないなと、沼を確信したのでした。
伝統的なバレエの技術を基盤にしながらも現代的な表現を取り入れ、佐々晴香の身体性を追求したそう。 photography: Fukuko Iiyama
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三森健太朗とマッテオ・ミッチーニが男性同士で「ロミオとジュリエット」のテーマである許されない恋を表現した「ロミオとロミオ」や、通常は女性が踊る主役オデットを二山治雄が踊った「白鳥の湖」など、ジェンダーの垣根を打ち破る演目も大きなメッセージであり見どころ。
「ロミオとロミオ」、(左から)三森健太朗、マッテオ・ミッチーニ photography: Fukuko Iiyama
「白鳥の湖」よりオデット、二山治雄 photography: Fukuko Iiyama
繊細な表現がたくさん詰まった「ロミオとロミオ」はうっとりするほど美しく静寂、そしてオデットとして降臨した二山治雄は圧倒的に力強くしなやか。見てください、この肉体という鎧を。
「バレエの世界は、いまだに男性と女性によってステップが違うんです。例えばピアノなら、ショパンを男性が弾いても女性が弾いてもいい。しかしバレエだと決められていて、それがあまり今っぽくないなと思って。今回は誰よりも美しい白鳥を踊ってもらおうということで、二山さんにお話ししました」と堀内將平が語った通り、これまでの慣例を取り払った作品は全く新しいもの。
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「海賊」よりグラン・パ・ド・トロワ、三宅啄未 photography: Fukuko Iiyama
そして中盤に会場全体を魅了したのは若手の超注目株、アメリカン・バレエ・シアター コール・ド・バレエの三宅啄未。全身がバネなんじゃないかと思うほどの跳躍力と滞空時間に驚きながら、なんといっても踊ることを全身で楽しんでいるFUNなムードに全員が引き込まれていました。
全ての演目を通して演出された、静と動、妖艶な魅力と力強さ、といった緩急はもちろんのこと、ひとつひとつの演目の中にも表現のメリハリが散りばめられていて、観客も感情の波が落ち着くことがない。ピアノやチェロの生演奏の素晴らしさ、ブレスパフォーマンス、照明の演出......全てを語り出したら本当に止まらないのですが、必ず触れておきたいのは今回のプログラムを輝かせていた衣装のこと。
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photography: Fukuko Iiyama
前回に引き続き、衣装を手掛けたチカ キサダの幾左田千佳は、2022年の舞台で使用した衣装や、チカキサダのアーカイブ、演者らから集めた使われなくなったバレエ衣装をアップサイクルし、まったく新しい衣装を再生。通常、ほとんどのバレエの衣装はそれぞれの演目のためだけに作られ、使いまわすこともリメイクすることもなく消費されるのだが、そこに歴史や想いを引き継ぎながら全く新しい形で息を吹き込み、蘇らせた。衣装を纏ったダンサーの動きとともになびくチュールは、美の相乗効果を導き出していました。
元の持ち主のネームタグや細かなスパンコールまで余すところなく美しく生まれ変わる。「衣装に残るネームタグや、ファンデーションに染まった襟、親御さんが何回も直した刺繍などには、ラインストーンよりも美しい輝きがあります」(堀内將平) photography: Fukuko Iiyama
今回、スタイリストの小嶋智子がスタッフに加わったのもこれまでになかったこと。リハーサル毎に衣装の丈やボリューム、ディテールまでも再考。その作業は本番直前まで繰り返された。photography: Fukuko Iiyama
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ラスト、12人のダンサーたちが総出演した「ショパン組曲 ~バレエ・ブラン~」では、男性がこれまたアップサイクルで生まれ変わったビスチエを着用。「私たちがクリエイションをする中で、常にもっと良い未来を作るためには私たちはどうしたらいいんだろうみたいなことも考えているから、そういうこともこの公演作りから取り込め始められたかなとは思います」(井上ユミコ)
「ショパン組曲 ~バレエ・ブラン~」、(左から)中島瑞生、佐々晴香photography: Fukuko Iiyama
終演してすぐに考えたのは、次回公演の予定のこと。
堀内に次回公演の予定を聞いてみると、「いろんな人に見て欲しいと思ってます。例えばスポーツ好きな人が見に来たらダンサーってあんな体してるんだとか、ファッションの人が見に来たらあんな可愛い衣装なんだねって言ってくれるので、バレエ好きな人以外にも発見がある。総合芸術ってそういうものだと思っています。そんな中で毎回、全く異なる表現をしているので、次にやる時もまったく別のことをやりたいと考えています。次回開催のタイミングはその準備に必要な時間次第ですかね」と期待が膨らむコメントを返してくれた。
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