かきものに耳を傾けて。

ありのままを受け止める、歌手・土岐麻子が紡ぐ音。

約1年ぶりだろうか。

久しぶりにお会いした土岐さんは、髪型が短くなり、前以上に小顔になり、表情が輝いていた。土岐さんの音楽には、品がある。心が弾む。それでいて人の正直な醜さも描かれている。

ただ、醜さは彼女の音楽の中で増大はしない。
どこかやっぱり品があるというか……。
土岐さんに会うたび、そのバランスの秘訣を知りたいと思っていた。

5月に出たばかりのアルバム『SAFARI』。

人間の心の中にある野性ってなんだろうなと考えていて。東京の景色を見てみると、たとえばクレーンがあちこちにありますよね。引きで見ると、そのクレーンがキリンに見えたり、ビルが灌木に見えてきたりして。その中に潜む人間は、まるでハイエナ、トラ、ライオンが”SAFARI”の茂みに隠れているように感じられてくる。
私は東京出身で、山とか海みたいな故郷のエネルギーっていうものを持っていなくて、どこか寂しく思っていたんです。でも、建設してまた壊してを繰り返している東京も、エネルギーに満ちた立派な故郷ではないかと思ったんです。そんなことを考えながら、ひとつの架空の街をイメージして、そこに住む人々の曲を書きました

 

土岐さんはそう語る。

最近、閉鎖的だった私の気持ちを『SAFARI』の世界へ連れて出してくれたのは、アルバムの5曲目「Cry For The Moon」だ。それを伝えると土岐さんは、
「あの曲ですか!」と笑った。

疲れて帰宅して、散らかっている部屋を見ると、ますますドッと疲れる。気分転換しようと、また外に出かけ、イヤホンから聴こえる音楽を大音量にして、自分の殻を作っている。
でも、この曲は、散らかった部屋や心を丁寧にすくい上げてくれて、それがなんとも気持ちいいのだ。

片付けられない部屋になってしまうっていうのは、自分の状況を、肯定も否定もできずにいて、先に進むためのエネルギーが足りていない時なのかなと思って

 

と土岐さんは言った。

私はこの曲を聴いて、居心地のよくない自分の家で、深呼吸ができた。それで、外に出る時に心を開いて景色をじっくり見てみようと思えた。

自己肯定というか、いまの自分をどんな風に大切にしていくかということが、このアルバムの中で思っていることなんです。だから、部屋を片付けられなくても、そんな自分に少しうっとりできるというか。一度自分を肯定した上で、さて、こんな私、これからどうしようかな、と思えたりするかなと

 

なるほど。本当に、この曲があってよかった。
そう思った時、土岐さんが「私自身、そういうのを欲していたので、書いたんです」と加えた。

自分が必要とするものを、自ら生み出せる人はすごい。

土岐さんの大切な「かきもの」を伺ってみた。
彼女がソロデビュー10周年の時に出したアルバム『HEARTBREAKIN'』に寄せられた、総勢50人の友人・知人からのコメントだ。

ミッツ・マングローブさん
「土岐姉さんの音楽にはいつも体温がある、匂いがある、音楽って人と同じくらい、やっかいなものじゃなきゃね」

今井美樹さん
「憧れを追い続け、こんな素敵なかたちにしてしまったあなたの情熱に、ジェラスします。最高!」

ほかにも、ふかわりょうさん、川口大輔さん、渡辺シュンスケ(Schroeder-Headz)さん、堀込泰行さん、渡辺祐さんなど、読み始めると面白くて止まらない。

最近、気づいたことなんですけど、人から言われた嫌なことって、ものすごく覚えていたり、ずっと根に持っていたりするんですけれども、褒められたことって意外と忘れているなと思うんです。
なので、これを久しぶりに読んだ時にびっくりしたんです。こんなことをいろんな方に言ってもらったのに、何ひとつ覚えていなかったと。その時は嬉しいと思ったのに、恐縮する気持ちで、そのまま忘れちゃうというか。心で受け止めていなかったんですよね。それがもったいないなと思って

 

そう言いつつも、土岐さんは、ずっと目を伏せがちだ。自身が褒められたことを話すことを、どこか少し恥じらっているように見えた。

コメントを最初に読み返したのは、1年ほど前だったという。

引越しのタイミングだったような気がするんですけどね。自分に対して厳しくしてしまうことが多いんですけど、これを読み返して、温かい気持ちになって、泣くくらいの感じになって。多分、その時期は自信がなかったんでしょうね。

 

どういう状況だったのだろう。

そのときも作品作りに迷っていて。
それで読んでみたら、過去の自分をこれだけ肯定してくれている方たちがいて。ま、みなさんコメントを寄せてくれているわけだから、悪いことは書けないし、そりゃ褒めてくれるわけですけど……(笑)

 

そう彼女は笑った。

もっとわかりやすくしなきゃいけないとか、もっといままでのことを踏まえた表現にしなきゃいけないんじゃないかとか、悪い意味での客観性が出てきた時に、変な迷いが出るんです。いままでも出てきたものに関しては、こうやって温かい言葉をもらったりしているわけだから、きっとこれでいいんだ、って思えるんです

 

孤独な作業を垣間見たような気がした。
大勢が待っている。
でも、ひとりきりで紡がなければならない。

土岐さんは、息の詰まることも多いこの時代の救いを、探し、作ってくれている。

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お会いした後の帰り道、「認める」という言葉が浮かんだ。
自分の過去、現在、感情、状況を、認める。
きれいごとを言ったり、優等生になったりするわけではなく、頑なになっていた自分を、認める。それで心がほぐれる。その心や目で周りを見つめる。そこからきっと、また新しいストーリーが始まる。

次に土岐さんに会う時には、身に纏うものや取り繕っているものを削ぎ落として、成長した女性になっていたい。
「品」への近道など、きっとないのだろう。

ASAKO TOKI
東京生まれ。Cymbals のリードシンガーとして、1997年にインディーズ、1999年にメジャーデビューを果たす。2004年のバンド解散後、実の父 土岐英史(ひでふみ)氏を共同プロデュースに迎えたジャズ・カヴァー・アルバム『STANDARDS ~土岐麻子ジャズを歌う~』をリリースし、ソロ始動。資生堂「エリクシール シュペリエル」CMソング、『Gift ~あなたはマドンナ~』など、自身のリーダー作品のみならずCM音楽の歌唱や、数多くのアーティスト作品へのゲスト参加、ナレーション、TV、ラジオ番組のナビゲーターを務める “声のスペシャリスト”。最新アルバムは、先月、5月30日にリリースされた「SAFARI」。7月よりアルバムを携えて、全国10カ所11公演のワンマンツアーを開催。
HP:www.tokiasako.com

華恵

エッセイスト/ラジオパーソナリティ

アメリカで生まれ、6歳より日本に住む。10歳よりファッション誌でモデル活動を始め、小学6年生の時にエッセイ『小学生日記』を出版。現在はテレビやラジオ、雑誌などさまざまなジャンルで活躍中。

Instagram:@hanaechap

Twitter:@hanae0428

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