
写真家、網中健太がカメラを向ける理由。
写真家の網中健太さんには、
「ランドネ」という山雑誌で2年連続お世話になった。
毎回、いい写真を撮ってくれる。ちょっと人に見て欲しくなる写真だ。
網中さんは、柴咲コウさんや大宮エリーさんをはじめとして、
菅田将暉さんや竹内涼馬さん、村上虹郎さんなどの男性俳優のポートレートも多く撮っている。山崎賢人さんの写真集も手がけた。
ご本人はとても親しみやすく、会うたびに必ず話がはずむけれど、
今回はいつもは聞けない話を聞きたい。どんな学生時代を過ごしていたんだろうか。
もともと高校生の頃、ダンスをやってて。いまはなき、渋谷の美竹公園で。ココチビル横の坂を登った左手にあったんですよ。あそこで踊ってました。女の子にモテること全部やりたい、みたいな
出た。網中さん独自の「モテ美学」。嫌味がなく、清々しい。
当時、クラブのショータイムでパフォーマンスをしたこともあるらしく、1ステージで5000円ほど貰っていたという。高校生にして、立派な仕事だ。先生や親には、バックダンサーになるので大学受験はしないと話していた。
高校3年生の秋口くらいですかね。友達が大学でやりたいことを話しているのを聞いて、羨ましくなっちゃって。2年なり4年なり、新しい環境へ行って、新しい人に出会って、新しい体験ができるなら、僕も行ってみたいなって思っちゃったんですよ
欲が深い! ダンスをやっていたのだから、すでに学校以外の世界を持っていたはずなのに、それをさらに広げたいだなんて。そこから網中さんは、写真の道へ進む。
当時流行っていた、いわゆる使い捨てカメラで、よく友達を撮っていました。そしたら「あみの写真、すごくいいね」って褒めてもらって、それがすごく嬉しくて。自分の表現方法のひとつとして、写真があるって思ったのかな
ちなみに、どんな写真だったのだろう?
友達とのなにげない写真ですよ。全然ブレてるし、ピントとか関係ないし。いかに自分たちのかっこいい写真を撮るかっていうことが大事で、撮った写真はアルバムにした。そのアルバムを囲んでみんなで喋ったりお弁当食べたり、それがすごく楽しかったんです
男版の、映画『SUNNY 強い気持ち 強い愛』みたいな世界だ。
網中さんはその後、日本大学芸術学部の写真学科に進学するが、文系の雰囲気が肌に合わず、大学には行かなくなる。六本木や渋谷のクラブイベントを手伝う生活が2年ほど続いた頃、大学の友達が心配して連絡をくれた。アシスタントを募集しているカメラマンがいると言う。
面接で会うくらいなら、という気持ちで行ってみたら、中学と高校の先輩だっていうことがわかって。「お前、芝出身なら、もう明日から現場来いよ」って言われてね
師匠は、華やかな人だった。
男ならこういう時計! こんな車! とかあるんですよ。そういうのを、わかりやすく見せてもらえたんです。こういう生き方をしたい、と思うようになっていきましたね
男の世界、という感じだ。師匠は優しい人でもあったらしい。
大阪出張の時、新幹線がなくなって自走で大阪まで行ったことがあったんです。予定よりも早くスタジオに着いて無理言って開けてもらったら、「お前も疲れてるんだから、一緒に寝ようぜ」って言ってくれて。ふたりで雑魚寝しました
なるほど、同じ釜の飯を食う師匠、という感じ。お前はこっちの飯食ってろという感じはなさそうだ。
優しくても、しっかり後輩や弟子にリスペクトされて憧れの的になれる師匠。かっこいい……本当に。
網中さんの大切なかきもの、それは「2011年以降に撮った写真」。
見てみると、赤ちゃんの大きな顔写真だ。「四つ切り」というサイズだそう。臨場感があって、はつらつとした生命力が伝わってくる。
これは、みんな生後3.5ヶ月の赤ちゃんなんですよ。というのも、従姉妹の娘に会った時、想像していた以上にコミュニケーションがとれて。そのときの従姉妹の娘の月齢が、3.5ヶ月だった。それをきっかけに、それぞれの「3.5」があるなぁと思って。赤ちゃんっていうよりは、「3.5ヶ月の人を撮る」っていう感覚でやっていました
斜めに見上げる顔、真顔、力の抜けた顔。みんな個性があって、すでに成熟すら感じるのが、なんともおもしろい。赤ちゃんがカメラを見つめる顔に、みんな味がある。
赤ちゃんが可愛いから、という理由ではないんです。ポートレートを撮る中で、どこまでコミュニケーションがとれるのかっていうところを突き詰めたかった。もう、半分修行みたいでしたよ(笑)
そう網中さんは笑う。赤ちゃんに泣かれたりもして、大変な現場もあったのかもしれない。
次に、「CONNECT」というシリーズも見せてくれた。
あなたと、あなたの大切な人を撮らせてくださいっていうテーマで撮っていてね
なんと素晴らしい企画! 自分なら誰を選ぶだろう、と考え込んでしまう。写真に残すわけだから、ずっと大切であり続ける人でなければならない……とブツブツ言っていたら、
「それ、面白い。僕はそこまでは考えなかったから。もっとシンプル」と、網中さんは言う。
この感覚は、写真に身構える私と、写真が日常にある網中さんの感覚の違いかもしれない。「CONNECT」シリーズには、友人、親子、兄弟、恋人など、ふたりで写っている写真が並ぶ。どれも自然に和んでいて、柔らかい空気が伝わって来る。写真展などは行わないのだろうか。
写真を展示するっていうことに、正直あまり興味がなくて。それよりは、写真を通して人の思考とか、行動をデザインするっていう方が、僕としては興味があるんだよね
行動をデザインするとは、どういうことだろう。
「2011年の震災の時、被災された地域へ行って、そこで入学式の写真を撮らせてもらったんですよ」そう言って網中さんは、隣にあった写真の束を手にした。どれも学校の門の前で写ってる、入学式の時によく見る家族写真だ。これも、「CONNECT」シリーズの一部だそう。
あの時、東京もすごい揺れて、自分の中でも相当な出来事だった。友達と炊き出しに行ったりしたこともあったけど、その頃テレビで、ある地域で入学式が遅れているっていうのを見て。あぁ、なんかこれかもって思ったんです。
教育委員会に写真を撮らせてくれないかと連絡したら、「誰も責任が取れないから」って断られてしまった。でも、その後に仙台出身の写真家の友達に相談したら、学校のアルバムを作っている会社の社長さんを紹介してくれて。それで、撮る機会をいただいたんです
網中さん、自分の道を見つけ出すための行動力がすごい。それだけ気持ちが強いのだろう。写真は、式の間に持ち込んだプリンターで印刷し、式の帰りにはそれぞれの家族にプレゼントしたという。
必要としてもらえる写真は何かを模索しました。入学式の日に校門の前で撮る、定番の写真であれば需要があるかなと。
カメラマンがいれば、家族全員が写真に入りますよね。もしお父さんが写真を撮ったら、お父さんはそこに映らない。カメラマンって、そんなことでもいいと思うんです
報道とも、アートとも少し違う、網中さんの写真のあり方。
身近で、本質的な写真の意味を感じる。
「僕は、行動することで、写真でできる表現を追求したいんです」
その日の夜、改めて思った。
網中さんが時々冗談半分に出す、「モテ美学」を意識した言葉。
あれは、やっぱり「チャラさ」とは少し違う。
自己愛だけでなく、人間愛や思いやりがあってこそ成り立つ美学だ。
あったかい。だから、モテ美学の言葉も清々しい。
そんなところが、ちょっと憎い人だ。
東京生まれ、幼少期をインドのムンバイにて過ごす。大学在学中よりメンズ雑誌の編集部にて経験を積み2005年に独立。以後、ポートレートを中心に広告・雑誌・写真集などの分野で活動。2010年より”あなたとあなたの大切な人を僕に撮らせてください”というメッセージのもと、撮影者と被写体間のコミュニケーションや、空間の演出なども含めた写真体験に着目したプロジェクト「CONNECT」を始動。行動としての写真のあり方に可能性を求め、作品作りをしている。
www.kentaaminaka.com
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