かきものに耳を傾けて。

現代音楽の楽しさを教えてくれた、音楽家・網守将平。

  先日、スタッフのADと、ある学生CMコンテストの話をした時のこと。
「私が学生の頃、こんなコンテストに応募しようと思わなかったですけどね」と彼女は笑った。

 咄嗟に、違和感を抱いた。そのコンテストのよくない面があるのかもしれない。よく知らないが、どうしても「必死になることがダサい」と彼女が言っているように聞こえた。

 そして、ある人を思い出した。

 私が学生の頃、知人のテレビ関係者から、新番組のテーマ曲の公募をするから、音楽学部の友人たちに知らせてくれ、と言われた。
 やる、と言った作曲科の学生は3人いた。

 ひとりは、忙しくて提出が間に合わなかった。
 ひとりは、「こういう情報を教えてくれるの、本当に助かるよ」と何度も感謝の言葉を言ってた。

 提出したのはひとりだけ。いちばん忙しそうだった彼は、「了解、できたらやる」としか言わなかったが、締め切りの日に、するっと出していた。

 それが、網守将平くんだった。

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  ADと話を終え、私は網守くんの名前を携帯で検索した。最近、何をしているのだろう……すると、さまざまなCM音楽のアレンジや作曲、NHKの教育テレビの音楽番組「ムジカ・ピッコリーノ」の音楽担当、などと出てきた。
 学生時代の彼には現代音楽のイメージがあったけど、最近は多くの人が聴きやすいものを意識的に手掛けているのだろうか……。

 網守くんをラジオに呼んでみた。

大学時代から興味を持っていた、前衛音楽とか、実験音楽とかに興味あるのは変わらないですけど、いまや、実験っぽいものを実験と言ってもしょうがないし、保守的なものを保守的と言ってもしょうがないなと。いまは、保守的なものを、実験的なものに反転させることはできないかなって。実際そういう時代だなと思っていて

 そうそう、網守くんって、こんな人だった。一見、ひねくれている。しかし、色々な音楽を聴き漁ったからこその言葉に、強い説得力を感じる。

網守くんが音楽の中でやりたいことは……目的はなんだろう?

えー、なんでしょうね。自分が楽しくて、なおかつ、人の価値観が変わるきっかけになる、とか。
実際芸術史って、芸術運動になっていたわけじゃないですか。広く芸術の歴史とかみていくと。発想の転換とかが、聞き手側とかに起こってくれるのがいいかなと思っているんですよね

はー、と唸った。
 フルクサスを始めとする芸術運動や価値観の変化、芸術による時代への挑戦をいくつか思い出し、脳内が大学の教室に引き戻された。

 「転換」と言えば、私自身、学生時代に網守くんの音楽に出合って現代音楽に対する苦手意識は払拭されている。網守くんの曲は、現代音楽で初めて楽しいと思えた。だから、どことなく網守くんの言葉は信頼できるのだろう。

網守くんの大切なかきものは、中原昌也さんの『作業日誌 2004→2007』(boid刊)だった。

ミュージシャンであり、三島由紀夫賞受賞作家であり、映画評論家であり、DJでもある中原昌也さん。彼が、雑誌「EYESCREAM」で2004年から2007年に連載した内容が書籍化されている。

網守くんの本を手に取って開くと、2005年4月20日の日誌が目に入った。

――新井さんと廣木監督の、バイブレータに続く新作、(タイトル未定らしい)の試写に、五反田イマジカに行く。とてもよい作品。トヨエツは何やってもおかしい。試写終了後、スタッフの方々と共に居酒屋に招待され、新井さんから、いいタイトルを考えろと言われるが、僕ごときにそんなたいそうなことはできず、ただ飲み食いして帰る。――

次の日も、さらに次の日も、そんな感じだ。日常のことが書いてあり、カルチャー系の雑誌名やマニアックなレコード屋、映画監督の青山真治さんや評論家の佐々木敦さんをはじめとする、さまざまな文化人も出てくる。

そして要所要所に、金がなくて家賃が払えない、今日も夕方まで寝ていた、といった生活の様子も書かれている。

映画とか文学とかを、本当の意味で消費していたのって、こういう人たちなんだなって思って。いまは、SNSがあるから消費する気になれるんだけど、実は、このレベルの密度っていうのは、いろんなものを食って行く人っていうのは、ちょっといないよなって

なるほど。2000年代を、SNS前のインターネット時代と称する網守くんの話を聞いて、深々頷いた。網守くんには、これくらいの密度でちゃんと文化と触れていきたい、という思いがあるのだろうか。

あー、それは、あるんですよ。その辺は、もしかしたら保守的なのかもしれない

そうか。体験的ふれあいを大切にするのは、SNS時代のいま、保守的、となるのか。網守くんは、最後にまた現代音楽について言及していた。

現代音楽とか、いまは引退しているんですけど、気持ちだけはすごいわかるんですよ。あれを守ろうっていう、ひとつの世界観とか、業界みたいなものも

 網守くんの大切な基軸や原点は、現代音楽なのだろう。それは僕が大学で学んだからかもしれないけどね、と言う彼に、それは愛着なのかと聞いた。

愛着……も、多分ある。そういうのを自己認識しつつ、それをどうコントロールしていくか、っていう戦いで作っていますね、作品を

帰り、渋谷のラジオを出て網守くんと話をしながら渋谷駅へ向かっていたら、勢いのある網守くんについつい私は、愚痴っぽい話をしてしまった。なんとなく、網守くんのエネルギーを分けてほしくなっていたのかもしれない。

駅が近づいてきたところで、今度行われる渋谷WWWでの網守くんのライブ「パタミュージッキング」へ本当に行きたいが、私は仕事でその日、東京にいないため行けなさそうだ、と伝えた。

すると、「まぁでも来れたら、来て……てか、来い!」
そう言って網守君は駅へ消えて行った。後悔はさせない! と言わんばかりの自信たっぷりの様子。

私が書いた文章、読んでよ。私のラジオ番組聴いてよ。
そんな風に人に言えることって、私にはあるだろうか。

……そう言えるものを、つくろう。
文字通り、気合が入った。

網守将平 Shohei Amimori
1990 年東京生まれ。音楽家。作曲家。
学生時代より、クラシックや現代音楽の作曲家/アレンジャーとして活動を開始し、室内楽からオーケストラまで多くの作品を発表。作品はパリ、ロンドン、モントリオールなど海外でも広く演奏され、NHKFMの現代音楽関連番組でも取り上げられている。
また、東京藝術大学大学院修了オーケストラ作品は大学買上となり、東京藝術大学大学美術館にスコアが永久保存されている。
2010年以降は電子音楽やサウンドアートの領域においても活動を開始し、美術館やギャラリーでのライブパフォーマンスや他アーティスト楽曲のリミックス、テレビ番組におけるサウンドデザイン、映像作品への楽曲提供、マルチチャンネルによるサウンドインスタレーション作品などを発表。
近年は、ポップミュージックを含めさらに横断的かつ総合的な活動を展開し、さまざまな表現形態での作品発表・ライブパフォーマンスを行っている。また、コラボレーションワークも積極的に行っており、原摩利彦、大和田俊、梅沢英樹など多くのアーティストとの作品制作を断続的に行っている。

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