
誰も知らなかった、トム・ブラウン。映画『トム・ブラウン:夢を仕立てる男』を待ち侘びて。
先日、デザイナー、トム・ブラウンのドキュメンタリー映画『THOM BROWNE - THE MAN WHO TAILORS DREAMS(トム・ブラウン:夢を仕立てる男)』を観る機会があった。2024年に開催されたドキュメンタリーの映画祭「DOC NYC」でのワールドプレミアを海外誌の記事で知り、公開を待ち望んでいた作品。監督は、『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』(2016)や、『マルジェラが語る "マルタン・マルジェラ"』(19)などを撮ったライナー・ホルツェマーだ。

『マルジェラ〜』では匿名性を貫くマルタンは顔出しせず、プライベートも明かされなかったが、『ドリス〜』ではアントワープ郊外の自宅での様子や公私にわたるパートナー、パトリック・ファンヘルーヴェとの関係性が描かれていた。トムのパートナーはメトロポリタン美術館服飾研究所の首席キュレーター、アンドリュー・ボルトンであることが広く知られている。コレクション制作の裏側に加え、きっとラブストーリーの要素も盛り込んだ内容になるのでは、と想像しつつ上映会に臨んだのだった。

本作が扱うのは、2022-23年秋冬から、23年6月に発表された初のオートクチュールまで、5つのショーの舞台裏。その合間に、トムが競泳選手や俳優として活動していた頃や、シグネチャーのクロップド丈のスーツが前衛的過ぎて「笑いもの」になっていたデビュー当時、さらにプライベートにも触れられる。NYの素敵な自宅や、商品にもなっている愛犬のダックスフンド、ヘクター、そしてアンドリュー・ボルトンももちろん登場。バレンタインデーに開催された23-24年秋冬のショーのフィナーレで、トムがアンドリューにチョコレートを渡すシーンも見ることができる。

『ドリス〜』や『マルジェラ〜』同様、本作でも多くの人々がトムについて語っており、ファッションメディア『Business of Fashion』のティム・ブランクスは、「トムに何百回も"コレクションは自分自身とどんな関係があるのか?"と聞いたが、もちろんいつもかわされる」と言っている。私も僭越ながら数回トムにインタビューをしたことがあるのだが、そういえばいつも答えは簡潔で、私たちが期待するような「余計な」エピソードは決して漏らしてくれない。上映会でも、「今後の展望は?」という質問に対し、「これまでと同じように続けていくだけです」というそっけないコメントだったし、ファッションウィークのバックステージ取材で必ず見る名物記者でさえ切り込めない人物なのだった。そのせいか、たとえばアナ・ウィンターが夜行のフライトでトムと隣同士になった時(誰かそのシーティングを避けることはできなかったのか......)に「トムは終始スーツ姿で背筋を伸ばしたままだった」と暴露(?!)するなど、映画では周囲の話がトムの人物像を形作っていくような印象。そして、一番トムの代弁をしていたように思われたのが、やはりアンドリューなのだ。
トムとアンドリューは、仕事ではパートナーではないが、同じ業界にいるのでそれぞれの事情をよくわかっている。アンドリューはその知見によってトムの仕事を的確に分析し、トムは「トム ブラウンのメットガラへの参加には、アンドリューの仕事を讃えるという意味もある」と語る。そうした2人の信頼関係がしっかり伝わってくる。
今月初めにパリで観た最新コレクションのショーでは元カール・ラガーフェルドの邸宅に宇宙人が出現して驚かされたが、そうした奇想天外なストーリーテリングの裏側や、ブランド内での着こなしのルール、トムを敬愛するセレブリティたちの話、ビジネス面での出来事など、他にもブランドの精神やトムの人柄を知ることができる要素が満載。ぜひ広く観ていただきたく、日本での一般公開を待ち望みたいものです。
ところで、こうしてファッションに関するトピックについて、イラストと共に自由気ままに綴ってきた本連載ですが、残念ながら今回で終了ということになってしまいました......。思い起こせばスタートしたのは2016年12月。10年に迫ろうかという長期間にわたってお付き合いいただき、本当にありがとうございました涙。
「Snap of the Week」では毎週ファッションチェックを続けていきますので、今後はぜひそちらをご覧ください!
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