
真紅のビロードに白い彫像、ロマネスクな雰囲気の名曲喫茶。
チェロを奏でるゆるやかな旋律が、真紅のビロードの上を滑走してくる。ウッドの扉を押せば、そこはアナザー・ワールド。白百合の香りが漂い、優雅な19世紀のヴェールにすっぽりと包まれてしまう。
高円寺駅に近いパル商店街の雑踏から少し入ったところにある名曲純喫茶「ネルケン」は、1955年に開店以来、薄い光の中に、幻想的な空間をそのまま保ち続けてきた。
もうこんな場所は存在しないだろうと思っていたけど、白い彫像にミステリアスな絵画、芸術家のアトリエのような「ネルケン」は、今年70周年を迎えたという。
ロシアン・ティーに、いちごジャムトースト、こんなにシンプルなものが、こんなにおいしいなんて。
70年間この名店を守ってきたミューズのようなマダムは、どこか大正ロマネスク風で、鈴木清順の映画から抜け出してきたみたい。
創業者の鈴木傳太郎さんは、クラシックの名曲を音響装置のいい場所で聴き、客に優雅なときを過ごして欲しい、とこの純喫茶を開いたという。
その熱意は、そのままいまも伝わっている。現実離れのしたその空間に敬意を払って、客たちの会話も、自然に低い声になっていた。
ぜひ一度は訪れてほしい。
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