旅するミュシャ#5 モネの「あの作品」を見てひと言。
ミュシャ 画伯、今日はどんな作品を旅するのかちら?
中島 今日は僕の大好きな画家、モネの世界を旅しよう! モネは晩年になるまで経済的にはなかなか恵まれなかったけど、それでも絵を描くことをやめずに貫いた画家。その姿勢は現役の画家としていつも尊敬しているんだ。
ミュシャ 画伯ってわかりやすい苦労話が好きよね。画伯もいつも頑張ってるのは認めるけど、恵まれてる人には悩みがないなんて思っちゃダメよ。
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中島 (ドキ!!) さて…、今日のモネの作品もとってもドラマチックだから、ミュシャもきっと気にいるよ。今回の作品は『日傘の女(左向き)』という1886年の作品だよ。
ミュシャ なんだか日差しがとっても気持ち良さそう。風になびくドレスも素敵だわ。でもこの絵、主役の顔が描かれてないわ。未完成なのかちら??
中島 お、ミュシャさん鋭い!ちょっとこの作品を見てもらえるかな?
ミュシャ あら、ほとんど一緒の絵ね。顔も描かれているし、という事はさっきの作品はこの作品の練習なのかちらね? あら、でもこの作品、さっきの作品の11年も前に描かれているわ? どういうことなのかちら?
中島 そう、先に描かれたのが『日傘をさす女-モネ夫人とその息子-』、そしてその11年も後に描かれたのが『日傘の女-左向き』なんだよね。どうしてモネがそんな事をしたのか、それはとっても悲しくて、そして愛に溢れたストーリーなんだよ…。
ミュシャ 聞かせてもらおうかちら。
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中島 最初の作品のモデルはタイトルにもある通り、モネの最初の奥さんカミーユとモネの息子。カミーユはモネの初期作品の大部分のモデルを勤めていて、まだ世に認められていないモネにとって、最も心強い存在だったはず。
だけどこの作品のモデルを勤めた4年後、病気がちだった彼女は32歳という若さでこの世を去っているんだ…。
モネは当時本当に貧乏で、方々からお金を借りて、それでも生活に困るくらいの極貧生活、まともに奥さんの治療費も捻出できなかったのだろうね…。
ミュシャ 愛する人を自分の無力さから失うってどんな気持ちなのかちら…。
中島 きっと、生涯心のどこかにずっと残っていただろうね。そしてカミーユの死後7年経って描かれたのが今回の作品。
実はこの時モネには再婚を考えている女性がいて、モデルはその女性の娘さんだと伝えられているんだ。だけどモデルの女性を描いているというよりは、明らかにかつて描いた作品のセルフオマージュになっているよね。
ミュシャ 画伯もセルフオマージュをする事ってあるのかちら?
中島 あまりないね。セルフオマージュって画家の中ではあまり良い事とされてない事もあって、普通はあまりやらない。
だからこそモネは『日傘をさす女』には特別な想いがあったのだろうなと想像出来るんだよね。
ミュシャ 今日の画伯はちょっと説得力があるわ!
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中島 僕が思うに、モネは新しい女性と生きる事を決めた。だからこそ過去を自分の中で整理する必要があった。思い入れのあったかつての作品をもう一度描く事で、それをしようとしたんじゃないかな?
ミュシャがさっき褒めていた、ドレスについている赤い飾り。これは、ひなげしの花飾りだと言われているんだ。
カミーユが生きていた頃、度々このひなげしの花畑とカミーユの作品を描いていて、これもカミーユを想わせるモチーフなんだよね。
ミュシャ 新しい奥さんからしたらちょっと嫉妬しちゃう話かもしれないわね。
中島 困難な時代を命をかけて支えてくれた女性カミーユに対する想いは相当強かったのだろうね。この作品以降、モネはほとんど人物画を描く事は無くなったんだ。
この作品の1年後に描かれた貴重な人物画が実は上野にある国立西洋美術館に収蔵されているから、いつか一緒に観に行きたいねぇ。
ミュシャ それはどんな作品?
中島 再婚する女性の娘さんふたりを描いた作品なんだけど、その作品ではカミーユを投影する事もなくちゃんとふたりを見つめているんだよねぇ。
絵画ってやっぱり人が手で描くからこそ如実に作者の気持ちを反映してしまうのだろうね。
ミュシャ 今日の画伯はなんだかとっても画伯らしかったわ。
中島 実はまだまだモネに関しては語り足りなくって… 、次回もモネの世界の続きお付き合いいただけませんかね?
ミュシャ 画伯のうずうずが伝わってくるわ。何事も楽ちむのが一番よね。
わたちは色々聞いたけど今回の作品は風の吹き抜ける音が聞こえてきそうなところが気に入ったわ。
次回も楽ちみね。
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