波乱の人生を送った、貴族の女性が愛したイギリスの城。
10月最後の土曜日深夜にサマータイムが終わる。時計の針を1時間戻し、翌日からの毎日は、気のせいかもしれないけれども突然ぐっと寒くなってどんどん暗くなり雨も多く降るようになる。こうしてイギリスの永遠に終わらないかと思うほどに長く、冷たく、グレーな季節が始まる。
そんな時期特有のお天気のある日、気になっていたナショナルトラスト管理下にあるシシングハースト・カースル・ガーデンに行くことにした。
そこは1930年代に貴族階級出身の詩人ヴィタ・サックヴィル・ウェストが、彼女の夫で外交官のハロルド・ニコルソンとともに、廃墟同然となっていた城を買い取って手を入れてふたりとその家族の住まいとした場所だ。ヴィタとハロルドが約30年かけて作り上げた素晴らしい庭が特に有名だ。(ちなみにその名のカースルとはcastle(キャッスル=城)のこと。イギリス式の発音なのです)
ヴィタはそのユニークな人生でも知られている。彼女はエドワード7世王の妾だったアリス・ケッペルの娘で学校の下級生だったヴァイオレットと10代のころから恋仲にあり、お互い結婚した20代になってからもフランスへ駆け落ちするように逃避行を繰り返していた。当時これは「貴族階級の女性ふたりの禁じられた恋」としてスキャンダルにもなっていたとか。その後ヴァイオレットとの関係が終わってからはブルームズベリー・グループの作家ヴァージニア・ウルフと恋に落ちて、ウルフは代表作ともいえる「オルランド」をヴィタをモデルに書き上げたと言われている。
感情の赴くままに生きた激しさと、ガーデニングに入れ込んだという一見まったく違うベクトルふたつを併せ持つヴィタその人に興味を持ち、いつか訪れてみたいと思っていた。
でも一瞬青空が見えたかと思えば、その直後にざあっと音を立てて大粒の雨が降る、この季節特有のお天気のもとでは冬支度前の庭は少し寂しく見え、それよりも私はヴィタの愛したという敷地内のタワーにすっかり魅了されてしまった。
そもそもヴィタも、そのタワーを一目見て心奪われ、この地を手に入れることを決めたと言われている。
小さな入り口を抜けて狭い螺旋階段を登っていく。途中の窓にはステンドグラスや色ガラスの器があり、光に美しく透けていた。その先の二階にヴィタの仕事部屋があった。
絵画や花が飾られ、本が壁を覆い尽くしている。残された品々の保存のために照明を落してある室内は、この部屋の夜の様相となっていた。外はまだ昼間だけれども、こんな秋の日にはそのセピアな色合いがしっくりとくる。中には入れないのだけれども、柵ぎりぎりまで近寄って立ち、しばし眺めていると紙とインクの匂いがかすかにするような気がした。
1日の大半をこの部屋で過ごしていたヴィタは、ここで何を感じ何を考えていたのだろう。
ヴィタの死後、残された鍵のかかったトランクをこじ開けると大きなノートがはいっていて、28歳のヴィタによるヴァイオレットへの愛と彼女との日々の記述が80ページ以上にも渡ってあったそうだ。夕暮れ時のこの薄暗い部屋のなかで、ふと考え込む彼女が目に浮かぶ。
タワーの屋上に上がる。見上げた空には雲が激しく流れていた。
夫ハロルド自身も同性愛者であることを隠そうとはせず(ちなみに当時のイギリスでは同性愛は法的に許されていなかった)、ヴィタとハロルドはそれぞれの同姓の恋人との恋愛を楽しんでいた。一方でヴィタは時間を見つけては外交官として海外に赴任しているハロルドのもとを頻繁に訪れてはともに過ごす時間も楽しんでいたそうだ。ヴィタとヴァイオレットの破局は、ヴィタがハロルドを去ることができなかったためとも言われている。
この城の庭はハロルドが英国庭園式にのっとって直線で区切り、そこにヴィタが感性を生かして自由に木や花を植えていったのだという。不思議な二人の共同制作。それが今、イギリスでもっとも愛される庭園のひとつとなっている。
その魅力を存分に味わうには、やっぱり光が明るい季節に訪れるべきだろう。ヴィタの生き生きとした華やかさを体感するには特に。でもこんな日にしか見つけられないものもある。私はそんな、イギリス特有の弱くて薄暗い光のなかでこそ美しいものにどうしても心惹かれてしまう。
ライブラリーにはヴィタの肖像画があった。面長でマニッシュな彼女はヴァイオレットと逃避行していた際に時に男装をして、周囲を煙に巻いていたという。
タワー見学のあとはカフェでランチタイム。熱々のフィッシュパイを頂く。パイといってもパイ皮のではなくて、クリームベースのフィッシュシチューをマッシュポテトで蓋をしてオーブンで焼いたもの。こういうお料理も寒くてジメジメとしたお天気の日こそ格別に美味しい。使われている野菜は、この敷地内の畑で採れたものだった。
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