England's Dreaming

再発見。英国らしさいっぱいの映画『小さな恋のメロディ』。

音楽もファッションも、とにかく昔っからイギリスものが大好き。そんな私が初めてロンドンの情景に触れたのは10代になったばかりの頃。イギリス映画『小さな恋のメロディ』(1971年)だった。

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これを購入したのはもう10年以上前。いまだに手放せないでいる。

冒頭シーンから印象的だ。オレンジ色の朝焼けに包まれるテムズ川が映し出される。ゆっくりと夜が明けていき、真っ赤な文字の原題「Melody」が出る頃にはロンドンの空がいつものブルーグレーになり、遠くにビックベンとウェストミンスター寺院が見える。

実はこの映画、大人になってからもう一度観たいと思いながらもなかなかチャンスに恵まれずにいた。特にイギリスに住むようになってからは、再度鑑賞していまの自分がどう感じるか再認識してみたかった。でも大ヒットした日本とは違って本国では不発だったので、DVD発売はおろかタイトルを知っている人もなかなかいないくらい。なので日本に里帰りした時に購入したのだけれども、やっぱり愛すべき作品であることには変わりなかった。

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舞台となる学校となった建物。当時は私立校の校舎だったが現在はホテルとなっている。想像していたよりもずっと小さかった。

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70年代のサウスロンドン。過保護なママの元で育った内気な少年ダニエル(マーク・レスター)が、学校の別のクラスにいたメロディ(トレイシー・ハイド)にひと目惚れ。その想いはどんどんと強くなっていき、晴れて両思いとなったあかつきには学校を休んでふたりだけで海辺へ日帰り旅行に行ってしまう。「一緒にいたい。だから結婚したい」。そう宣言する彼らを前に、教師は君たちは若くてまだ何もわかっていないと決めつけ、友人たちはからかい、親たちはおろおろ。でも諦めることなく、自分たちの気持ちを貫くために行動にでる……。

まあそんな「初恋モノ」なんだけれども、単なる「パピーラブ」に終わらない魅力にあふれている。

まず登場人物のキャラクターが秀逸なのだ。主人公のふたりはもちろん、ダニエルの親友で、貧しい家庭の出身で毎晩おじいちゃんの晩御飯のソーセージを焼くために定刻に帰宅しなくてはならないトム(ジャック・ワイルド)。密かに爆弾を作り続けながらも失敗ばかりのダッズ(マリオット・クレイグ)。そのほかの仲間の、背が小さくて金髪のくるくる巻き毛のメガネくんや移民の子と思われるあさ黒い肌の少年。セリフはなくて、ちらりと映るだけの子でもそのキャラの強さが半端ない。男の子たちの耳を覆うくちゃくちゃの髪(当時はこれで長髪だった)、女の子たちのギンガムチェックのワンピースの制服&白いハイソックスもたまらなくキュート。

大人たちも負けていない。特にダニエルのかーさんは強烈だ。オープンカーを乗り回し、ファッションは大胆なプリント柄のドレスに大振りなアクセサリー。きっと60年代のスウィンギングロンドンの時代に青春を謳歌して、母となったいまでもトレンドには敏感で、オシャレ好きを自認しているタイプ。でもリベラルなように振る舞いながらも、上昇意識が強く下層階級の人々を見下すような発言を平気でする。メロディのかーさんは昼間からパブに入り浸って、ときには刑務所にも入っているらしいとーさんと、おばあちゃんの面倒を看るしっかりものだ。そして生徒に対して一見フレンドリーながらも実は威圧的で、生徒たちにはまったく尊敬されていない校長先生……。

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昼間から飲んだくれているとーさんを探しにメロディが訪ねたパブ。映画ではすりガラスだった窓が現在はクリアなものに変えられていて、内装もモダンになっていた。

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繰り広げられる会話も、この映画を輝かせている大切な要素だ。セリフの一つ一つから、その人がどういうバックグラウンドでどんな考えの持ち主なのかが、透けて見える。

脚本を手がけたのはアラン・パーカー。後にイギリスを代表する映画監督となる彼だが、監督として世に出る前にここで脚本家として先にデビューしている。パーカーはこの台本を書く前に何カ月間も、録音機器を携えてロンドンの学校に出向いて、子どもたちの会話を録音して資料としたそうだ。

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DVDの中ジャケにはメロディのセリフが書かれている。「ただふたり一緒にいたいだけなの。どんな時でも」

「歳を取るとなんでも分かるの。だから飽きてしまうのよ。私には理解できないけれど」。達観してルールに従って生きることを当たり前とする大人たちを揶揄するように、メロディがつぶやく。

「君たちはまだ何もわかっていない」「若過ぎる」「もっと大人になってから」。そう言い続ける、そんな大人に「なぜ自分の気持ちに正直にしてはいけないの?」と彼女は問いかける。「誰かが決めた価値観なんて関係ない。私は感じるままにしていたいだけなのに」とでも言うかのように。初恋の甘酸っぱさよりも、一途過ぎるがゆえに反骨的となる、そのパンクを思わせる精神に私は心揺さぶられる。

そしてラストでは大人に従わずに想いを貫くダニエルとメロディに触発されたかのように、ほかの子どもたちもフラストレーションを「大爆発」させる。明日どうなるかなんて、考えていない。その問答無用にエネルギーあふれる様子は、あまりにも清々しくてついつい笑みがこぼれてしまう。

ちなみにこの映画のプロデューサーは、デヴィッド・パットナム。パーカーとパットナムは広告会社勤務時代に出会い、共に映画作りを夢見て、初めて手がけたのがこの作品だ。(この7年後、ふたりは映画『ミッドナイト・エクスプレス』で世界に出て行くことになる)。

そしてもうひとり、セカンド・ユニット・スーパーバイジング・ダイレクターとしてクレジットされているのがアンドリュー・バーキン。ジェーン・バーキンのお兄さんだ。当時、子どもモデルをしていたトレーシー・ハイドをメロディ役に強く推薦したのは彼だそう。リンゴをほお張って、ほっぺたを膨らませたままの顔ですらなんとも可愛いトレーシーなしでは、この映画はここまでチャーミングにはならなかっただろう。

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映画とは関係ないけれども、舞台となったエリアの木や花のある情景。撮影が行われたのも、緑が目に眩しいロンドンが最も美しい季節だった。

いまではイギリスの映画界を代表する製作者たちが若い頃、かしましい子役たちとともに瞳を輝やかせながらわいわいと作ったのではないかと想像するのも楽しい。つまらない大人たちを面食らわしてやろうぜとでも言うように。

そういえば『犬ヶ島』のウェス・アンダーソン監督もこの映画のファンなのだそうだ。なんだかとっても理解できる。

坂本みゆき

在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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