England's Dreaming

イギリスの田舎で眺める、ウィリアム・モリスの壁紙。

6月から7月にかけてのイギリスは、最も美しいと毎年思う。美し過ぎて悲しいくらいに感じるのは、別れの季節でもあるからかもしれない。9月から年度が始まるこの国の学校では、夏休み前がその終わりとなる。今年は息子が中学校を卒業するとあって、特になんだかそわそわしていた。

とはいえイギリスでは私の知る限り、大学以外はいわゆる卒業式はない。息子の学校も例外ではなく、代わりに日本で言うところの謝恩会のような、お世話になった先生方を招いてのお茶会を催すのが恒例だ。7月最初の日曜日、そのお茶会が学内の一室で行われた。

保護者がそれぞれの家庭からリネン類やティーポットなどを持ち寄り、お茶やお菓子、軽食も分担して手配しテーブルに並べた。彩りには、ジャム瓶に飾った庭の花。さまざまな色のテーブルクロスや不揃いの食器類。洗練はされていないかもしれないけれども、イギリスならではの手作りのお茶会という感じが、とても温かく可愛く、強く心に残った。

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その後も公私ともにいろいろとあって、そわそわが続いていた。そんな時の私の気持ちを落ち着かせる気分転換の定番は、「モリスを観に行く」。

車で15分ほどのところに、19世紀のアート&クラフト運動の立役者、ウィリアム・モリスのデザインがインテリアに数多く使われているお屋敷「スタンデン・ハウス・アンド・ガーデン」があり、一般に公開されている。エアコンを切って車の窓を全開にして向かう。

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190723-IMG_3762.jpg現在は「ナショナルトラスト」によって管理されている。

飾られた美術品、家具、ファブリックなども素晴らしいのだけれども、私が特に好きなのは「壁紙」。部屋を移動しながら何も考えずに、ただただそれらをぼんやりと眺める。

190723-IMG_3771.jpg「サンフラワー(ひまわり)」という名の壁紙。ひまわりというと黄色いイメージがあるけれども、モリスはモスグリーンで表現している。

190723-IMG_3774.jpg「バチェラーズ・ボタン」。1892年にデザインされたものだそう。2階の廊下のほとんどが、この柄で飾られていた。

190723-IMG_3776.jpg「パウダード」。1874年作。黄色とブルーの花を散らした可憐なデザイン。

190723-IMG_3778.jpg「ウィロウ(柳)」はたぶん特に有名なモリスの作品。風になびいているような柳の葉と枝が優雅。

190723-IMG_3787.jpg「ラークスパー」。1875年作。この壁紙はお屋敷のオーナーの愛娘の部屋と専用のバスルームに使われている。

190723-IMG_3799.jpgこちらは壁紙じゃないけれど。浮世絵ともよくマッチする(笑)モリス。「スタンデン」には多くの浮世絵が飾られている。これは美人画で知られる渓斎英泉作。

190723-IMG_3803.jpg「トレリス」。モリスが初めて手がけた壁紙のデザインだそう。なんでも自分の家を飾る壁紙で気にいるものが見つからなくて、これを自作したとか。ここでもたくさん使われている。1862年作。

190723-IMG_3795.jpgこれも壁紙じゃないけれども。椅子の座に使われているのは「ストロベリーシーフ(いちご泥棒)」も、最も有名なモリスデザインのひとつと思う。イチゴの茂みに鳥が潜んでいる絵柄。

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モリスのデザインが自然に大きな影響を受けているのは、作品をみれば一目瞭然だろう。だから当たり前といえばそうなのかもしれないけれど、イギリスの田舎に暮らすようになってから「モリス的風景」を前よりも頻繁に目にするようになった。

たとえば近くのファームを歩いていた時。茂みからブラックバードが飛び出してきて、そのクチバシにベリーを咥えているのを見た時「ああこれ、ストロベリーシーフだ」と、とっさに思った。一重のバラが咲き、その周りを虫や鳥が飛んでいる。そんな「トレリス」みたいな場面もこの季節は日常的に目にする。

刺激にあふれているロンドンはもちろん大好き。でも自然の美で満たされた田舎も大好き。モリスのデザインは私にそんな気持ちを再認識させてくれる。特にこの輝くような季節には。そんなことを考えていると一息つけて、また一生懸命やろうと考える。

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「スタンデン」のお屋敷の裏では、バラとラベンダーが満開。美しく整備された庭も有名。木陰には可愛いベンチが。

最後はカフェでクリームティを。スコーンにはいまが旬のルバーブが入っていた。クロテッドクリームとラズベリージャムをたっぷりとのせて。

190723-IMG_3829.jpgナショナルトラストのカフェのスコーンは、イギリスでもっとも美味しいもののひとつだと私は思っている。

8月に入ると北国のここは、早くも徐々に秋めいてくる。こんな日々が楽しめるのもあと少し。でも長く暗い冬があるからこそ、この季節はとびきりなのだ。

坂本みゆき

在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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