England's Dreaming

ジェームズ・ボンドも愛するイギリスのジャムの工場へ。

日頃、ライターの仕事をしていて「ああ、なんてありがたい」とつくづく感じることに、取材を通して普段は到底会えない人に会える、足を踏み入れられない場所に入れていただけるというのがある。後者で特に好きなのはモノが生まれる現場の見学。どんなものでも人の「手」に拠り作り出されるもの、そしてそれが行われている「場」は、とてもとても尊い。

191024-IMG_4618.jpg今回お邪魔したジャムメーカーの門。王室御用達の印が中央に施されている。

先日、とあるきっかけで親しくなったジャムメーカーのプレスの方から「本社へ見学にいらっしゃいませんか?」とのご招待を受けた。不躾ながらも「それならば併設の工場も拝見したいのですが」とダメ元でお願いしたところ、快諾していただき、喜び勇んでいそいそと出かけていった。

そのジャムメーカーの名は「ウィルキン&サンズ」。「ティップツリー」の商標で販売されているジャムの数々は日本でも長年販売されていて、ご存知の方も多いのではないかと思う。創業1885年で、王室後用達の印でもあるロイヤルワラントも持つ老舗中の老舗だ。

191024-IMG_4636.jpg「ティップツリー」の看板商品、小粒イチゴ「リトル・スカーレット」のストロベリー・コンサーブ。ジャムとコンサーブの違いは諸説あるが、「ウィルキン&サンズ」のサイトには「違う名を持つ同じもの」とある。

ロンドンの隣州エセックスに、オフィスとジャム工場、ジャムの材料となる果物を育てている広大な農地、さらにはジャム・ミュージアムとショップ、ティールームを構えている。5月から8月にはファームツアーも行われている。

オフィスのメインエントランス前に車から降り立つと、周囲はジャムを煮る甘酸っぱい香りでいっぱい。もうこれだけで幸せな気分になる。

191024-IMG_4543.jpgミュージアム内には古い看板や写真などが並ぶ。

まずはジャム・ミュージアムへ。小さいながらも、古い文書や写真とともに、かつて使われていたジャム作りの道具などが置かれていて、この会社の長い歴史を垣間見ることができる。

191024-IMG_4545.jpg歴代のパッケージが並ぶ。現在のものと大きな変化はなく、クラシックなスタイルを守っているのがわかる。

191024-IMG_4554.jpgちょうど100周年の節目を迎えた1985年の雑誌広告ビジュアル。

昔のパッケージや広告もかわいかったけれども、特に私の目を引いたのは、いろいろな時代にここで働いていた女性たちだ。1930年代の工場で働く彼女らの集合写真や、戦時中に徴兵された男性たちに代わって農作物を育てていた「ランド・ガールズ」たち。その姿はとても印象的だった。

191024-IMG_4541.jpg工場内で女性たちが瓶にジャムを詰めている。創業間もない頃の写真。

191024-IMG_4556.jpg1930年代の工場で働いていた女性たちの集合写真。お揃いの真っ白なドレスと結い上げた髪で、まるで映画のワンシーンのよう。

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そして工場内へ(注:工場内は一般には公開されていません)。まずはマーマレードとなる無数のオレンジを煮る機械を見せてもらったあと、皮と不要物を手作業で分ける様子を拝見。ここでも女性たちがてきぱきと仕事をしていた。仕分けされた種などはバイオガスの燃料としてリサイクルされているとか。その後は瓶のラベル貼りや、箱詰めされる様子を眺める。

191024-IMG_4566.jpgラベル貼りのためにベルトコンベアの上を勢いよく流れていたのは、ホテルの朝食時にテーブルに並ぶような小瓶のジャム。

イギリスでジャムといえば、まず思い起こすのはストロベリーだろう。横に半分に切ったスコーンにクロテッドクリームとともに載せたり、ヴィクトリアスポンジというイギリスを代表するケーキのフィリングに使ったり。

ここ「ティップツリー」には特別なストロベリージャムがある。それは「リトル・スカーレット」という親指の先くらいの小さなイチゴで作られたものだ。

191024-IMG_4576.jpgラベルが貼られる前の「リトル・スカーレット」の瓶。小さな果実ががぎっしりと詰まっているのがわかる。

効率を考えたら大粒のイチゴのほうがいいに決まっている。またこの品種は栽培がとても難しく、いまではここのファーム以外では生産されていないのだそうだ。でも味と香りは格別。だから大切に育てた後、手摘みして、熱伝導がよくジャム作りに最適とされる銅製鍋で丹精込めて作っているのだとか。そんな特別なジャムは、映画「007」シリーズのジェームズ・ボンドのお気に入りとしても知られているそう。

残念ながら「リトル・スカーレット」の収穫、ジャム生産はすでに終わっていて見学はできなかったけれども、クリスマスに向けて登場する新商品「ライム・インフュージョンズ」のパッキング作業を覗くことができた。

これはライムの輪切りのドライフルーツで、お茶やカクテルなどに使うのがお勧めとか。ここでも女性たちが自らの手で忙しそうに瓶に詰めていた。ジャム作りの工程で重要な箇所や、パッケージングの美しさなど商品のカギとなるところでは、機械に頼らずに工員さんたちの手によって作業が進められていた。

191024-IMG_4588.jpg「写真撮ってもいいですか?」。そう声をかけたら、作業の手を休めてポーズを取ってくれた。

そのあとは再びパブリックスペースに戻ってティールームでひと息。スコーンに添えられていたジャムは「リトル・スカーレット」。優しい甘みと、瑞々しい香りが口の中いっぱいに広がる。小粒だからプチプチするイチゴの種も小さくて、歯ざわりもどことなく上品?

191024-IMG_4612.jpgクロテッドクリームの「ロダス」も昔ながらの製法を守っている会社。同様の精神を持つメーカーだから、あえて選んでカフェで使用している。

191024-IMG_4614.jpgカントリースタイルの店内。お茶の時間には平日でもかなり混んでいた。週末は行列ができるとか。

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最後に覗いたショップではハロウィングッズとともに、すでにクリスマス商品が並んでいた。イギリスのクリスマスのご馳走の最後に欠かせない、デザートのクリスマスプディング。これも「ウィルキンソン&サンズ」で手がけている。クラシカルな箱を開けると、ナンバリングとラベルがあり、ラッピングなどの最後の作業を手がけた工員さんの名が。心を込めて手作業で仕上げた証。今年の我が家のクリスマスでは、こんなちょっぴり贅沢な品を味わってみる。

191024-IMG_4596.jpgショップ内には多くの商品が並ぶ。

191024-IMG_4608.jpg近年は同じエリアにある醸造所「ヘイマンズ・ジン」とのコラボでジンも生産中。

190124-IMG_4632.jpgイギリスのクリスマスには欠かせないクリスマスプディング。箱も素敵で、中身を食べた後は箱マニアの私のコレクションになる予定。

191024-IMG_4633.jpg蓋の裏には、フィニッシュとパッキングを手がけた「マーク」さんの名が。

これから始まる長い冬ののちにやってくる春には、果実の花が咲き乱れてファームはとびきりの美しさなのだとか。またその頃にやってこようと心に決めた。

191024-IMG_4627.jpg帰りの電車の車窓からの風景。私の住んでいる起伏に富んだサセックスとは違い、エセックスではどこまでも緑の平地が続いている。だから果物を育てるなどの農業に適しているんだなと実感。

Tiptree Jam Shop, Tea Room & Museum
Factory Hill, Tiptree, Essex, CO5 0RF

tel:+44(0)1621 814 524
営)9時30分~16時30分(月~土) 10時~16時30分(日)夏季は~17時
https://www.tiptree.com

坂本みゆき

在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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