England's Dreaming

ニュースタンダードな暮らし。そして「共存」について。

イギリスが新型コロナウイルスの影響でロックダウンとなって1カ月が過ぎた。

食品や医薬品以外のお店は軒並み閉まり、うちの近くのメインストリートでは人はまばら。とはいえ深刻なウイルス感染の被害が伝えられているヨーロッパの他の国に比べると、イギリスのロックダウンは比較的ゆるやかで、外出許可証は必要ないし、行動範囲の具体的な決まりもない。それでも私はこの1カ月、公共の交通機関には一度も乗っていない。家を出るのは3、4日に一度の食材の買い物と近隣の散歩のみとなっている。

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大通りのファッションチェーン店のウィンドウにはメッセージを掲げたマネキンが並んでいた。「Stay Strong (気持ちを強く持って)」「Be Kind(人に優しく)」「Take Care (気を付けて)」、そして「Stick Together(協力し合って)」の文字が並ぶ。

用心しながらもロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリーで行われてたデヴィド・ホックニーのエキシビションに行ったのはたった2カ月足らず前。その直後にギャラリーは閉館となり、私たちの暮らしはがらりと変わった。庶民の生活なんて状況次第でいとも簡単に変化してしまうんだなと強く実感した。

とはいえ、私は巷にあふれる「コロナに負けない」「生き延びよう」などの言葉にちょっと違和感がある。

もちろん感染は怖い(自分がというよりも家族がかかることを私は最も恐れている)し、誰も苦しまないで欲しい。またいまどんな急な用事が出来ても、自分が育った日本にすぐに帰ることすらままならないという事実に何よりも心が乱れる。

しかしそのいっぽうで、これまで私が未経験だったこと――たとえば買い物に行ったスーパーで前後2メートル以上の感覚を開けて入店までしばらく並ばなくてはならないとか、基本的な食材が何週間もストックされていなくて買えないとか、帰宅後は購入した品に除菌スプレーを吹きかけて一つひとつ丁寧に拭くとか――に、最初はショックを受けながらも繰り返しているうちに徐々に慣らされて、いまやニュースタンダードとして生活に織り込まれていっている。

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外出できない日々のために始めたサワードウの元種を使った毎日のベーキングも、私のニュースタンダードのひとつ。4月半ばにはイギリスのイースターの菓子パン「ホットクロスバン」も自分で焼いた。

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そして、そんな新しい価値観はこれまで見過ごしてきたことにも光を当ててくれる。

たとえば郵便屋さんやデリバリーの配送屋さん。以前は手紙や荷物を受け取りながら、お天気の話などのたわいない会話をしていたけれども、いまはお互いのために対面を避けてノックの後に扉の前に届け物を置いてもらっている。そして彼らが離れた頃に扉を開けて大きな声で「ありがとう」と声をかける。これまで以上の精一杯の感謝を込めて。

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毎年、春から秋にかけて日本野菜を育てている近隣の農家から宅配をお願いしている。これも今年はドアの前に置いてもらう約束に。新鮮な懐かしい味は、こんな時だから一層うれしい。

日々食卓に並べる品を扱っているお店の人たちも同様だ。これまでは店内ですれ違っても無言だったりしたけれども、いまはできる限り感謝の手短かに伝えたり、目で合図したりしている。買って来た食材だって、絶対に無駄にしない。

彼らの働きがなくては私の暮らしは成り立たない。これまでももちろんそうだったけれども、いまはより強くそう感じる。

散歩の時に向こう側から誰かがやって来たら、ソーシャルディスタンシングを守るためにどちらかが反対の歩道に渡る。そしてすれ違う時にお互いが軽く微笑みを交わす。そんなことも増えてきた。

そして鬱々としながら見上げた先に巣作りを始めたらしき小鳥のカップルが留まっていたり、毎年変わらず咲く花が今年もまた満開となっている様を発見しては、どれだけ心慰められていることだろう。

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この時期イギリスのあちこちの森ではブルーベルの群生が花を咲かせる。一面に紫のカーペットを敷き詰めたような情景を見るために、わざわざ出かける人も多い。幸い我が家の近くに良いスポットがあり、散歩を兼ねてお花見に。

さまざまな人や命あるものたちと、これまで以上に共に生きていることを意識する。そしてそれは、もしかしたら誰かの命を奪うかもしれないウイルスも同様なのではとすら感じる。

感染しないための注意は大前提ながらも、その存在を無視しないのはもちろんのこと、どこかの誰かが解決策を見つけてくれてすぐに居なくなるだろうなどと楽観視をせず、だからといって悲観もしないで現実を直視しながら希望を忘れずに生活を続けていく。

イギリスでは少なくとも今年いっぱいは、ソーシャルディスタンシングなどの対処が必要となるだろうとされている。いろいろと言われている特効薬の開発も、実用まではまだまだ時間がかかりそうだ。

だからこそこの1カ月で生まれたニュースタンダードとともに、周りとの「共存」が今後のカギとなっていくのではないか。いまの私はそう思っている。

坂本みゆき

在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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