England's Dreaming

イングランドの「隣国」ウェールズへ。

ブログのタイトルは「England’s Dreaming」だけれども、今回はウェールズについて。

今年の夏はあまり遠くへは出かけられなかったけれども、少しだけウェールズを旅した。

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ウェールズの民族衣装を着た編みぐるみ。お店のウィンドウに飾られていた。

まずはウェールズについて、ちょっとおさらいを。

ご存じのようにイギリスの正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」という。この名前からもわかるように、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドのそれぞれが自治権を持っている「4つの国」が連合した王国だ。日本から見ると混同しがちだけれども、この4つは独自のルーツと文化を持つまったく別の国なのである。

ウェールズの起源をざっくりと振り返ると、紀元前にヨーロッパ大陸からやってきたケルト人が住み着いたことに始まる。西暦1世紀にはやはり大陸から渡来した古代ローマ人によってイングランドとともに支配される。さらに5世紀にはアングロ・サクソン人が海を越えて襲来してきてイングランドを制服。でもその力は西の果てのウェールズまでは及ばず、そのためウェールズは自分たちの文化を守ることができた。人々はそんなウェールズの魂をとても誇りとして大切にしている。

さて、今回の旅で最初に立ち寄ったのは北西にあるアングルシー島。

実はここは英国空軍のパイロットだったウィリアム王子がケイト・ミドルトンと結婚して間もない頃に住んでいた場所でもある。「ヴォーグ」USの名物クリエイティブディレクター、グレース・コディントンの故郷でもある。

とはいえ特におしゃれなものはなく、あちこちに残る手つかずの雄大な自然が特徴だ。特にウェールズの愛の守護聖人とされているドウィンウェンの教会の遺跡があるアニス・スランドウィンはどこまでも続く美しい海岸と小高い丘で知られる。

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アニス・スランドウィンの浜辺。8月中旬でも海の水は冷たくて、泳ぐ人はまばらだった。

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引き潮の砂浜には貝やカニが。この澄んだ海水から昔ながらの手法で作られる塩は、この島の名産品でもある。

ドウィンウェンは5世紀にアングルシー島に暮らすお姫さまだった。マーロンという名の王子と恋に落ちるものの結婚が認められず、さらにマーロンは氷の塊に変えられてしまう。ドウィンウェンはマーロンとの思い出を忘れる薬を飲まされるものの、彼女の必死の祈りにこたえて神様は3つの願いを叶えてくれることになった。

1つ目はマーロンを元に戻すこと、2つ目は今後すべての真実の愛は成就すること、3つ目は彼女が生涯結婚しないこと。その願いはすべて叶えられ、以降ドウィンウェンはアングルシー島のなかでも特に人里離れたアニス・スランドウィンに建つ教会で一生を終えたという。

だからウェールズでは2月14日のヴァレンタインデーではなくて、マーロンへの愛を貫いたドウィンウェンの聖日1月25日が恋人たちの日とされている。この日にはたくさんのカップルがこの教会跡を訪れるという。

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海岸沿いから教会へと続く道も、どこか神話のなかの風景のよう。

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ドウィンウェンの教会の廃墟。いまでは恋人たちのパワースポットとなっている。

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教会の横には大きなケルト十字架が。

翌日はスノードニア国立公園の壮大な眺めを楽しみながら南下。ウェールズは海も山も楽しめるのも魅力だ。

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前日の晴天から一転。小雨のなかスノードニア国立公園の山沿いの道を車で抜けて行く。

目指すのはアベリストウィス。ウェールズの西部から南へ広がるカーディガン湾に面した海沿いの町だ。

ネットフリックスの人気ドラマ「ザ・クラウン」のシーズン3の第6話「ウェールズ公」で、チャールズ皇太子がプリンス・オブ・ウェールズの叙任式を前にしてウェールズ語を学ぶために「留学」するエピソードを覚えている人も多いと思う。その時にチャールズが学んでいたのはここアベリストウィスの大学だ。ドラマのなかでもウェールズ語の習得とウェールズの歴史を知るために懸命に学ぶ彼の背後の窓からは、美しい海辺の風景が広がっていた。

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ドラマチックな眺めのアベリストウィスの海岸。

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アベリストウィス大学の古い校舎は、海を望むように建てられていた。

将来の王となる皇太子がプリンス・オブ・ウェールズとなるのは英王室の伝統だ。それは13世紀の終わりにウェールズを侵攻したエドワード1世がウェールズ人の反乱を抑えるために世継ぎとなる王子エドワード(のちのエドワード2世)にプリンス・オブ・ウェールズの称号を与えたことに由来している。チャールズはエドワード2世から数えて23番目のプリンス・オブ・ウェールズとなる。

チャールズの叙任式でウェールズ語でスピーチをすることになったのは、形式だけでその称号を受け継ぐのではなく、彼らの言葉を習得して真摯な姿勢をウェールズの人々に示すためでもあった。

ウェールズ語は現在も使われているヨーロッパで最も古い言語ともいわれている。イングランドとの「国境」を越えると、道の表示や駅の名前はウェールズ語で書かれ、その下に英語での表記がある。

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キャッシュマシーンの表示もウェールズ語(英語への切り替えも可能)。実はウェールズ語は英語とともにイギリスの共用語でもある。

首都カーディフがある南のほうでは英語が日常語になっているところもあるけれども、中部から北にかけてはウェールズ語を第一言語とする人が多い。街角やパブで人々のおしゃべりに耳を傾けてみるとウェールズ語のことも。親の話すウェールズ語を最初に覚え、小学校に上がってから授業で英語を初めて習う子も少なくないという。

ウェールズ語はケルト語派で、ゲルマン語派の英語とはそもそも語源が違うから似ても似つかない。発音も独特。でも、だからこそウェールズの歴史と誇りが集約されているようにも思う。ウェールズの文化の最も象徴的な存在なのかもしれない。

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英語では「ロイヤル・メール」と書かれている郵便局の車の表記もこのとおり。

そのほかおいしいもの、素敵なものもいくつか。

アベリストウィスのレストランで飲んだクラフトビールメーカー「タイニーレーベル」の季節限定品「ルバーブ&カスタード・サワー」。イギリスのスイーツを連想させる名前だけれども甘味よりも程よい酸味が際立ち、すっきりとした飲み口だった。

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黄色がかったピンクのビール「ルバーブ&カスタード・サワー」。タイニーレーベルのビールはそのユニークな味とキュートなパッケージで気になる存在。見つけるとつい買ってしまう。

ホテルのレストランでは感染予防対策で座席数を減らしているために朝食を予約できず。代わりに朝から町を散策していたら素敵なカフェに巡り合えた。

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アベリストウィスのカフェレストラン、メディナで食べた朝ごはん「シャクシュカ」。ローストしたパプリカとトマトのソースと卵と、スモーキーなサワードウトーストの組み合わせが最高だった。

かつては毛織産業で知られていたウェールズのヴィンテージ毛布は、毛布好きの間ではちょっと有名だったりする。

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これは今回買ったものではないけれど。懐かしい色合いのウェールズの毛布はいくつでも欲しくなってしまう。

ロマンティックな古城もウェールズならでは。小高い丘の上には必ずと言っていいほどあり、その数は600を超え一平方マイルあたりの数はヨーロッパいちだとか。

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移動途中の小さな村の丘にも古城の遺跡が。こんな風景がウェールズのあちこちで見られる。

イングランドやスコットランドに比べると、たぶんまだ日本人にはなじみの薄い国ウェールズ。でもここに来ないと味わえない、独特の魅力と文化にあふれた愛すべき国なのだ。

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人口よりも羊の数が多いそう。それもまた長閑なウェールズらしい。

坂本みゆき

在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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