England's Dreaming

イギリスで話題。アーティストと服の関係を探る一冊。

What Artists Wear」という本を読んだ。タイトル通り、アーティストが何を着ている(いた)か、そこからどのようなことが読み取れるかを考察する内容で、各書店ではもちろんロンドンのドーヴァーストリート・マーケットの店頭にも並んでいる。

私がこの本に興味を持ったのは、著者がチャーリー・ポーターだったから。

チャーリーの名前を知ったのは(もうかなり前のことだけれども)彼がイギリスの新聞「ザ・ガーディアン」紙でファッション・ジャーナリストをしていた時だった。基本メンズ担当だったけれどもウィメンズの記事も書き、さらにはハイファッションからストリートファッションまでを独自の視点で語る多彩なおもしろさはずば抜けていて、以来ファンなのだ。

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買った本はチャーリーのサイン付き。ちょっとうれしい。

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ここで取り上げているのはアンディ・ウォーホールやジャン・ミシェル・バスキア、ルイーズ・ブルジョアなどの巨匠から、知る人ぞ知るアーティストまで幅広い。チャーリーはそれらアーティストに直接会いにいったり(故人で会えない場合は生前をよく知る人を訪れたり)、メールで連絡を取ったり、可能であれば実際に彼らの服を見にも出かけている。そのフットワークは驚くほど軽い。

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なかを開くと写真もたくさん。

まず読み進みながら感じたのは芸術家という自由そのもののような存在でも、服が持つ意味、発信するメッセージの呪縛からは逃れられないのかなぁということ。

たとえばフランシス・ベーコンは、資料が床に山積みになった雑然としたアトリエ内でのポートレートで自分だけ小綺麗な格好をしている。撮影のために着替えたのだろう。そのまま街中に遊びにいけるようなスタイルだ。チャーリーはそれをベーコンは「スタジオはカオティックでもすべては自分のアンダーコントロールにある」とのメッセージだと受け取る。

本の表紙となっているスーツは、ジョージア・オキーフが96歳の時にニューヨークの紳士服店で仕立てたものだそうだ。スーツを作るテーラリングは軍服から派生したもの。そして軍服には女性のために作られたものはない。「女性がスーツを着ることは男性的なパワーを得るため」とチャーリーは言う。すでに世界的な名声を手にしていた晩年のオキーフでも、さらなるパワー保持のためにマスキュリンな服装を手に入れていたということが興味深い。

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フォルムが際立って美しい、オキーフのスリーピースのスーツ。ベストはUネックで個性的。

しかし服はメッセージを伝えるからこそ、アーティストたちは作品同様に自分たちを発信するツールとしても活用していると教えてくれる。

本の最後を締めくくるエピソードが印象的だ。

アートへの造詣も深いチャーリー自身も審査員を務めていた、2019年「ターナープライズ」の授賞式でのこと。同賞は1984年にスタートしたイギリスの現代美術で最も権威あるもののひとつで、通常は数名の候補者のなかから最終的に受賞者ひとりが選出される。

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しかし、この年はイギリスのUK離脱が決定したのちの混乱の最中で、さらに授賞式は総選挙の直後という国内が非常にざわついていた時だった。式を前に4人の候補者たちは「不安定で分断が進むいま、私たちはこの賞の機会を使い、多様性や連帯の名の下に共同受賞する意義を強く感じています」という書簡を審査員へ送付。彼らの意思を受けて審査員たちは満場一致で全員を受賞者として決定、授賞式では人々はスタンディングオベーションでその結果を歓迎したという。

式はテーラードスーツやドレス着用のフォーマルなドレスコードの場であったにも関わらず、アーティストたちの服装はTシャツやボンバージャケット、さらには「TORIES OUT(与党よ去れ)」」という政治的メッセージが書かれたペンダントをつけていたりと多種多様。そんなスタイルで壇上で連帯する彼らの姿をみると、自由で力にあふれているのが分かる。

行動がルールを変える。アートともに服装が発するメッセージはそれを後押しするパワーともなる。そんな力強い言葉が添えられている。

ファッションとアートへの想いにあふれた一冊だった。

坂本みゆき

在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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