England's Dreaming

イギリスの海辺の町の、バンクシー。

8月最後の週末からの8日間、イングランド南東部ノーフォークへ旅をした。

感染者数は減らないのだけれどもワクチン接種が進んでいることを受けて、イギリスでの暮らしは比較的元に戻りつつある。それでも旅となると、海外に出かけるのはやっぱり躊躇があり、だからこれまで行ってみたいと思いながらもまだ訪れたことのない場所への国内旅行とした。

ノーフォークを選んだのは、長年イギリスに住んでいながらあまり縁がなかったグレートブリテン島の東側に広がる北海が見られるから。旅の拠点としたのはパブが一軒あるだけの小さな村にある貸しコテージだった。

210916_IMG_1365.jpgコテージは小さいながらもアンティークの家具を並べた落ち着いたインテリアだった。お花も飾ってくれていて心地よい滞在に。

そこでただ近隣を散歩するだけの日もあれば、車で1時間ほどかけて観光地に出かけてみる日があったり。何をするか前もって決めずに、朝起きてからその日のことを考える、気ままな毎日を送っていた。

210916_IMG_1420.jpg連日曇り空。コテージ周辺に広がる麦畑はすでに収穫を終えていて、すっかり秋の風景だった。

210916_IMG_1427.jpg道沿いにあった無人販売所で朝ごはんのスクランブルエッグ用の卵を買う。代金は下段のコップの中に。

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数日目にはクローマーという海沿いの町へ行った。ブライトンやイーストボーンなど、海を臨む古くからの観光地には特有のノスタルジックな雰囲気が漂う。クローマーも例外ではないとは聞いていたけれども、想像していたよりもずっとこぢんまりとした愛らしい町だった。

ここに来た目的はふたつ。ひとつ目は名産であるクローマークラブと呼ばれる蟹を試してみること。

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早々に見つけたお魚屋さんのウィンドウ。ここで蟹を買う。

そしてもうひとつはバンクシーの新作を観ること。

バンクシーは、8月半ばにノーフォークと隣のサフォークに新作のグラフィティを数点描いたことを自身のインスタグラムにアップしたショートフィルム「A Great British Spraycation」で伝えていた。


私たちがノーフォーク行きを決めたのはそのずっと前だったけれども、彼の新作が偶然にも旅先にあるのならばいくつか観に行ってみようと思っていた。クローマーはそのロケーションのひとつだった。

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どこにあるのかな?と散策していたらご丁寧に手書きの看板が。

海岸線に並ぶお店を通り過ぎ、かなり外れまで来たところに小さな人だかりを発見。

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「ラグジュアリー・レンタルズ・オンリー」という札を持つヤドカリとその客(?)byバンクシー。背景に見えるカラフルなビーチハットは海遊びの際などに利用する小さな個人所有の小屋なのだけれども、近年人気で高騰。まさにちょっとしたラグジュアリーな存在でもある。

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横に立ってグラフィティと一緒に写真に収まる人、少し離れて絵だけを撮影する人、ただ眺める人。20代のグループから、小さな子供のいる家族連れ、老年のカップルまで、さまざまな世代の人たちがいた。彼らは譲り合い、時にはお互いに笑みをかわしながら順番に正面に立ち眺めていた。
そんな姿を見ながら、バンクシーって本当にイギリスのとても多くの人たちに愛されている、人間国宝級の存在なんだなあと感じた。彼の作品は決して万人受けするものばかりではないけれども。皮肉もいっぱい詰まっているし。

このクローマーのグラフィティだって、貝を探している三匹のヤドカリのに対して「高級賃貸のみ」というプラカードを掲げた不動産業(?)のヤドカリの姿が描かれていてとてもシニカルだ。

パンデミックの影響で、今年は私たちのように夏休みの海外渡航は諦めて近場へ旅行とする人たちがとても多く、国内のリゾートホテルや貸しコテージの値段は例年よりもかなり高価になったとニュースになっていた。

そんな状況で人々は、バンクシーのこの作品に我が身を投影して「やれやれ」と苦笑いしているのだろうか。自嘲することに慣れているイギリスの人々にとってバンクシーは、最高のブラックなユーモアとともに自分たちを代弁してくれる存在なのかもしれない。

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クローマーの海岸沿いを歩く。

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別の町、グレート・ヤーモスでのグラフィティはテラスハウスが延々と並ぶ、どこにでもあるような大通りのバス停の上にあった。

210916_IMG_1496.jpgバンクシーのグラフィティは発見されると即座にアクリル板で保護される。クローマーほどではなかったものの、ここにも人々が入れ替わり立ち替わり訪れていた。

屋根に腰掛けるアコーデオン奏者の音楽に合わせて淡々とした表情で踊る中年のカップル。

SNSで誰かに自慢するような、最高なことではなくてもいい。日常の中のちょっとした非日常。そんな小さなひと時が、辛さをほんの一瞬忘れさせてくれる。それが味わえただけでも幸運なのだ。そんなことを語りかけてくるように感じた。

パンデミック中の私のホリデーみたいだなと思った。

心配はまだまだ続く。その現実と向き合いながらも心の均等を保っていくために、少し浄化されるようなことがいまは特に必要なのだ。贅沢じゃなくていい。ささやかでも十分の効果があるから。

210916_IMG_1461.jpg小さな甲羅に入って、ひとつ4ポンド。

クローマーのお魚屋さんで買った蟹は、ほんのり甘くて美味しかったけれども、小さくてあっという間に食べてしまった。でもいまの私にはそれで十分と思えた。

坂本みゆき

在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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