England's Dreaming

心が蘇る。愛しのイギリス音楽 The Waeve。

日常の細々としたことだけで毎日がどんどん過ぎていく。そんななかでふと思う。日々の生活に翻弄されて、本来私が大切に感じている事柄を忘れてしまっていないだろうかと。そこにあるだけで心踊るもの。新たな「好き」に誘ってくれるもの。

ショッピングや美食も良いけれども、それら物質では満たされない、もっと心の奥底から突き上げるような喜びをくれるもの。それって何だったっけ?

そんな今の私に、その答えをくれたのはThe Waeveだった。

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新曲4曲を含む2枚組デビューアルバム「The Waeve」。先月発売になったばかり。

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The Waeveはブリットポップの旗手Blurのギタリストのグレアム・コクソンと、シンガーソングライターのローズ・エリナー・ドゥーガルによるバンドだ。活動がオフィシャルになったのは2021年4月。元々私はグレアムが大好きだからこのバンドを聴き始めたのだけれども、まず驚いたのはこれまでの彼の曲とはまったく違っていたこと。しかもギターだけではなくサックスまで吹いている。

メロウでありながらざらりともしていて、美しさだけではなく屈折も併せ持つ。フォークソングのようでありながらパンキッシュ。透明な光と同時に漆黒の闇も感じさせる。これまで聴いたことのない音楽が心の奥深くまで染み入って、隅々まで広がっていく。

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音楽誌NMEのインタビューによると、二人が一緒に曲作りを始めたのはイギリスが強固なロックダウンとなっていた2020年のクリスマスの頃という。その厳しかった時期にあえて自分たちの殻を破ってこれまでとはまったく違うことをやろうとしたそうだ。インスピレーション源は、イギリスの古くから語り継がれる物語や情景、特に民族音楽の持つ(ほのぼのとした要素ではなく)荒々しさ、血生臭さ。

街からは人の姿が消えて無機質な建物だけが立ち並んでいたパンデミックのあの頃に、あえて二人は人間の生々しい感情の歌を紡いでいたということになる。その頃の私といえば、できるかぎり心にバリアを張り巡らせて感情に蓋をして、悲しさ辛さを感じないようにしていた。

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鈍化させた心はそれ自身がシンプル極まりないように、単純さだけを受け付けるキャパシティしか持ち合わせていない。本来、物事は多様な要素で作られているのに。

どこまでも続く空間を浮遊しながら移り変わる景色を眺めているように幾重にも層を成す彼らの音楽は、封印された心を解いていく。その解放感こそ私がもっとも大切にしていたはずなのに、何故忘れることなんかが出来たんだろう。

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別のインタビューでグレアムは、多くのミュージシャンは年をとるのと共に良い音楽がかけなくなるが自分はそうではないと断言していた。そして作曲ができる年月があと何年自分に残っているかを考えるとパニックにすらなると語り「音楽は自分とともにあり、常に特別な存在だ」とも。

3月の末、彼らのUKツアー最終日となったコンサートを海沿いの町ブライトンで観た。終演後もその音がずっとずっと耳の中で鳴っていた。

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7月にはBlurのメンバーとして1万2千人の観衆を前にウェンブリーでライブ予定のグレアムを、キャパ500人程度のライブハウスで間近に観られた至福。

坂本みゆき

在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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