England's Dreaming

イギリスの18歳と過ごした日々を振り返って。

数年前、私の息子よりもすこし年上のお子さんを持つ方に「6th Form、大変でしたか?」と何気なく聞いたら「物凄ーく、大変だった!」と満身の力を込めて言われたことがある。

6th Formとはイングランド、ウェールズ、北アイルランドと幾つかのイギリス連邦の国々で行われている、16歳から18歳のための2年間の教育システムの名称だ。義務ではないので、別の道に進む若い人たちもいる。イングランドでは9月に新しい年度が始まって初夏に終わりが巡ってくる。私の息子はこの6月に6th Formを終了した。

年齢的にほぼ一致するので、6th Formの学校を「イギリスの高校」と称しているのを時々見かけるけれども、日本の高校とはかなり違っていたと感じている。(でもこれから書くことはあくまでも息子の学校での事例で、他校とは必ずしも共通ではない旨ご理解ください)

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私の仕事の邪魔をするうちの猫。息子のデスクでも教科書などの上に座って彼を困らせていたらしい。

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6th Formで学ぶのは多くの場合、自分が選択した3教科のみ。たった3教科?と思うかもしれないけれども、それらを深く掘り下げるのだ。もちろん4教科以上選択してもいいけれども、最初4教科を選んだ息子の友人はあまりにもの勉強量に辟易して途中で3教科に変更していた。

選ぶ教科は、好きだったり興味があったりというのが理由の一つになるだろうけれども、将来進みたい道に関連していることも多い。大学で医学を学びたい息子の友人は数学、生物、科学を、クラリネットが得意でゆくゆくは農業に就きたい友人は音楽、生物、そして心理学をチョイスしていた。息子は数学、化学、心理学。

学校に行くのは基本、自分が選択している3教科の授業がある時だけ。なので登校、下校時間は曜日によってまちまちだった。また田舎の村の外れにあったので、免許が取れる17歳を過ぎると息子を含めた過半数の学生は自分で車を運転して通学していた。校則は以前通っていたミドルスクールから一転してほぼ消滅。お化粧も染髪も自由で、ヒゲを生やしたりドレッドヘアの人も。

クラスを受け持つ教師は、担任という意味合いのクラス・ティーチャーからガーディアン(誰かを守る・保護する立場の人の意)という名称に変わった。もちろん生徒たちに心配や悩み事があればサポートしてくれるけれども、基本はすべて彼らの自主性次第。そんなシステムや生徒たちの見た目(?)から、感覚的に「高校」というよりも大学や就職などのその後進む道のための「予備校」というイメージだった。

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クリスマスや年度末に教師らにお礼の品を贈る習慣がある。小学校だけというところもあると聞くが、息子の学校は6th Formまで続いていた。今回私は各学科の先生や事務の方々、用務員さんにお渡しするお菓子を作る担当の一人だったので、ショートブレッドをたくさん焼いた。ガーディアンの先生には感謝のメッセージを刻んだシルバーのバングルを、クラスの保護者全員から贈った。

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6th Formの最後にはAレベルという全国共通試験がある。2年間の勉強の成果を示すものであり、大学を志望するの場合はこの評価で進学先が決まる。一つの教科で、2時間程度の試験が2回か3回。息子は5月末からの6週の間に分散した日程で9回のテストを受けた。

「6th Form、大変でしたか?」とかつて知人に投げかけた質問を、逆にいま私が受けたとしたら「大変なことは少しだけ。とても楽しかった」と笑顔とともに答えると思う。試験のあった6週間とその前の時期は息子が健康でいられるように心を砕くことはあったけれども、それ以外は息子や彼のクラスメイトたちが成長して頼り甲斐のある大人になっていくのを見守っているのはとても嬉しく幸福だった。多感なティーンの頃を過ぎ、心と身体のバランスが取れて自己をしっかり持てるようになった彼らが、まっすぐ前を見つめて考えていること・感じていることを堂々と表現する様子は光り輝いていた。

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6th Formには通常卒業式はない。でも息子の学校では、生徒たちが主催して、保護者や教師を招いての謝恩会のようなお茶会を開く。テーブルに飾るための花を、息子は庭から摘んで持参していた。

日本の教育システム(しかも昭和の…)しか知らない私には新鮮な驚きもたくさんあった。一番びっくりしたのは最後の学校行事としてAレベルの後にクラスで行った16日間(!)のイタリア旅行。最終日は現地解散で、その後の予定は各自で自由に決めていいとガーディアンの先生から連絡があった時だった。「みんな揃って元気に帰国して無事終了!」がデフォルトじゃないとは…。

帰路に着く子、数日間イタリアに留まる子、別のヨーロッパの国へと新たな旅立ちをする子と、まちまちだったそう。まるで彼らがこれから進む道のように。どの子もそれぞれの場所で幸あれと願わずにいられない。

18年間、私だけでは出来なかった数えきれないほどたくさんの体験を授けてくれて本当にありがとうと、今では見上げるほどに背が伸びた息子を眺めながらそっと、心のなかでつぶやいている。

坂本みゆき

在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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