England's Dreaming

18世紀の英国で、女性ふたりが暮らした家を訪ねて。

私が「スランゴスレンの貴婦人たち」を知ったのは結構最近で、今年6月にプライド月間に合わせてイギリスのクィアカルチャーについて調べていた時だった。

大英博物館に「欲望、愛、アイデンティティ:LGBTQヒストリーズ・トレイル」というものがあり、見て回るLGBTQの歴史にまつわる展示物のなかに「スランゴスレンの貴婦人たち」のチョコレートカップがあったのだ。

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大英博物館に展示されている「スランゴスレンの貴婦人たち」のチョコレートカップ。ソーサーの中央には持ち主のイニシャルが記されている。
© The Trustees of the British Museum

スランゴスレンはウェールズ北部に位置する小さな町だ。家族を訪ねて年1、2度はウェールズに行く私にはとても馴染みある場所なのだけれども、いくつかの観光名所から至近とはいえ特に広く知られているとは思えない(失礼!)その地の名をここで耳にするとは!とちょっと驚いたのだった。

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スランゴスレン近くの村の丘の上からの眺め。

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現在のアイルランド共和国に暮らしていた貴族の血を引くエレナー・シャーロット・バトラーは、1768年にやはり上流階級出身のセーラ・ポンソンビーに出会う。ふたりはすぐに意気投合。その時エレナーは39歳、セーラは23歳。ともに家族が強いる結婚を嫌がり、そこから逃れてどこかの田舎で一緒に暮らせたらどんなに良いかと思い描いていたという。

1780年、とうとうふたりはアイリッシュ海を渡ってグレートブリテン島へ「駆け落ち」する。そしてウェールズのスランゴスレンにある「プラス・ネウィッド」という名のお屋敷で暮らすことになり、以後ふたりは「スランゴスレンの貴婦人たち」と呼ばれるようになる。

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「プラス・ネウィッド」内に飾られていたエレナーとセーラの肖像画。二人はおよそ50年の間に一晩たりとも離れることなく暮らしてしたという。

「プラス・ネウィッド」は、スランゴスレンの町の中心部から伸びる坂道を登った先にあった。背後には美しいウェールズの風景が広がる。

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「プラス・ネウィッド」の外観。素朴な田舎町にこんな素敵なお屋敷があったとは!外壁の装飾はのちの住人が付けたものだそう。

エントランスと階段の壁はパッチワークのように繋ぎ合わせたオークパネルで覆われている。不要になった古い家具や教会の装飾を使った、今で言うところのアップサイクルなのだけれども、独特の美意識が感じられてとても素敵。窓にも同様にかつては教会のものと思われるステンドグラスがはめ込まれていた。

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オークパネルで覆われたエントランス。シルクハットがふたつ仲良く並べてあった。

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二人の独特のセンスが感じられる階段の装飾。

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ステンドグラスが美しい窓辺。

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短い髪で男装さながらの格好のエレナーとセーラを最初は奇異の目で見つめる人もあったというが、徐々に地域に溶け込んでいったそうだ。日頃は静かに暮らしていた二人だが、関心を寄せる人は多く、詩人のウィリアム・ワーズワースやウェッジウッドの創業者ジョサイア・ウェッジウッドらの文化人もわざわざスランゴスレンまで出向いてエレナーとセーラを訪問したという。二人に心を寄せたシャーロット王妃は、彼女たちが自立して暮らせるよう年金を支給するように夫のジョージ3世王に願い出たこともあったそうだ。

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楽器がある部屋。ふたりは合奏することをあったのかなと想像。こちらの窓はパッチワークで作られたステンドグラスで飾られていた。

エレナーとセーラの仲は単なる「ロマンチックな友情」なのか、はたまた恋人どうしだったのか(夜は一つのベッドで就寝していたそう)という興味本位の論争は今でも尽きることはないらしい。

でも私は関係はどうであれ、望んだ相手と暮らすことを実現し、好みに合わせて住まいを設え、自分の理想とする生き方を貫いたふたりをただ純粋にとても素敵だと思う。

スランゴスレンの町にはエレナーの姓にちなんだ名を持つ通りと、セーラの姓を冠したパブもあるという。次はそこにも行ってみたいと思っている。

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「プラス・ネウィッド」の庭で出会った可愛い方。

坂本みゆき

在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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