England's Dreaming

ジェーン・バーキン特集を通して、交流が生まれた「憧れの人」のこと。

11月初めの某日。フィガロ ジャポン編集部からメールが届いた。仕事の依頼で、現在発売中の3月号「我が愛しの、ジェーン・バーキン。」号で、ジェーンの故郷イギリスで生前の彼女と親しかった人に思い出話を取材してほしいというものだった。

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絶賛発売中!フィガロ ジャポン3月号我が愛しのジェーン・バーキン。なんと永久保存版!

その対象者として編集部から名が挙げらたのはジェーンの親友でフォトグラファーのガブリエル・クロフォード。私からは兄のアンドリュー・バーキンはどうだろうと提案してみた。

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アンドリューは映画監督や脚本家、フォトグラファーで、私の憧れの人だったから。『薔薇の名前』(1986)の共同脚本者、『セメントガーデン』(1993)の脚本家兼監督など、特筆すべき彼の仕事はいろいろあるけれども、なんといっても私には『小さな恋のメロディ』(1971)のセカンド・ユニット・スーパーバイジング・ディレクターだったことがとてもとても意味深い。この映画は、私がイギリスを大好きになる大きなきっかけの一つだったから。

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今でも日本にたくさんのファンを持つ映画『小さな恋のメロディ』。トレーシー・ハイドが演じるメロディとマーク・レスター扮するダニエルの恋物語。でも単なるパピーラブではない、気骨に満ちた作品なのが私が今でも愛する所以だ。

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とはいえイギリス映画界になんの繋がりを持たない私には彼のコンタクト先を探ることなど不可能で、憧れの人にはやはり手が届かないものなんだなと半ば諦めていた。でも編集部がジェーン一家と特に親しい作家・エッセイスト・翻訳家でもありフィガロでも執筆中の村上香住子さんにお願いして、アンドリューの姪にあたるシャルロット・ゲンズブールに彼の連絡先を聞いてくださった。

なんだかそれだけでもう胸一杯だったのだけれども、仕事の本番はこれから。アンドリューにできるだけ丁寧にメールを書いて送ってみたら、2時間後くらいに返事があり取材を快諾してくれた。その後は北ウェールズに暮らす彼に何度もメールすることになるのだけれども、その度に返事はすぐに届いた。

本誌34〜35ページに掲載された、ジェーンとの思い出話とともに送られてきた彼の手による若き日の二人の写真はあまりにも素敵過ぎて、受け取った瞬間は息が止まりそうで、その後もしばらくじっと見つめていた(是非3月号をお手にとって見てみてください。)

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やりとりが終わる頃、思い切って彼の作ってきた映画、とくに『小さな恋のメロディ』は私にはとても特別と告げた。できるだけ簡略に、さりげなく伝えたつもりだったけれどもメールを送ったあとに恥ずかしくなってちょっと後悔したものの、アンドリューはまたすぐに返事をくれた。そこには感謝の言葉ととともに(いや、むしろ感謝するのは私なんだけれども)、主役のメロディを演じたトレーシー・ハイドとは今でも頻繁にやりとりがあるからメッセージがあったら彼女に伝えるよ!とまで言ってくれた。

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映画の中で、おとうさんを探してメロディが訪れたパブ。いまも健在ながらも、外観がすっかり変わってしまっている。

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私があの映画が大好きな理由は、建前と世間体ばかりを気にする大人たちとは違って、自分たちの気持ちを偽らない子供たちの真摯な姿に心揺さぶられるからだ。それはあまりにもまっすぐ過ぎて、パンクのような反骨精神みたいになってしまっているのだけれども、それもまた最高に良い。そのなかでメロディは「なぜ自分に正直になってはいけないの?」とスクリーンから私たちに問いかけてくる。

「貴女の演じたメロディを通して私は、女の子だって自分を貫いていいんだと知りました。ありがとう」。それが私のトレーシーへのメッセージだった。

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メロディやダニエルたちが通った学校の校舎とされた建物は、現在はホテルになっている。

それにしても、こんなことが起こるなんて。映画を初めて観た頃の小さな私にこの出来事を伝えても、たぶん信じてもらえないだろう。

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本誌の記事内でも紹介しているけれども、アンドリューはバーキン一家の歴史とともに、ジェーンがセルジュ・ゲンズブールが暮らした日々を捉えた彼の写真1000点以上を掲載した本「Serge Gainsbourg et Jane Birkin: L'album de famille intime」を2022年に上梓している。

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「Serge Gainsbourg et Jane Birkin: L'album de famille intime」の表紙。アンドリューは10年前にも同名のタイトルの本を出版したものの、ジェーンのことを語り尽くせていないと感じて一昨年前にこの本を出版。写真とともに、本文、さらにはページレイアウトまでアンドリュー自らが手がけた渾身の一冊となっている。フランスのAlbin Michel社刊。

ふんだんに掲載されている若い頃のジェーンや、家族のなかでくつろぐジェーンとセルジュ、幼いケイトやシャルロットらの写真を見ていると、アンドリューは日常に潜む美を見つける才能を天から授かった人なのだなあと痛感する。

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1963年4月撮影。以下の写真5点はすべて「Serge Gainsbourg et Jane Birkin: L'album de famille intime」より

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1969年5月5日撮影

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1969年5月5日撮影。親しい人たちの間でリラックスした表情のジェーンとセルジュ

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産まれたばかりのシャルロットを抱くジェーン。1971年7月22日撮影

240124_1972-12-31-PXR597_33-Serge-Kate-Jane-Charlotte@IOW.jpgAndrew Birkin

ジェーンとセルジュ。幼いケイトとシャルロットと。1972年大晦日撮影

そういえばスタッフが『小さな恋のメロディ』のメロディ役の俳優を探していた際に、ティーン誌でモデルをしていたトレーシーを発掘したのもアンドリューだったと言われている。

坂本みゆき

在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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