
英国が舞台の大ヒットドラマ「アドレセンス」を考える
アドレセンス(思春期)という言葉から、何を思い浮かべるだろう? 砂糖菓子みたいな、ほんのり甘くてはかない初恋? それとも大人への階段を昇るビタースイートな日々? 少なくともこれまでの私は、そんなイメージを持っていた。
ネットフリックスの「アドレセンス」はイギリスで放映が始まった最初の週に645万人がエピソード1にアクセスし、TV史上短期間で最大の視聴者数を獲得した今最も話題のドラマだ。

(以下、ネタバレがあります)
物語は一人の男性が彼の息子から届いた「今日はお腹が痛いから学校を休みたい」と訴えているメッセージを聞いている場面からスタートする。この男性はバスコム警部補、時刻は朝6時。その直後、彼は武装した警官たちと共に住宅街にある一軒の家に強制調査に入り、まだベッドの中にいた13歳の少年ジェイミー・ミラーを逮捕する。容疑は同級生の女性の殺人罪。家族は動揺し、ジェイミーは涙ながらに「何もやっていない」と訴え続けるが、街の防犯カメラには現場でナイフを何度も振り下ろす彼の姿が残されていた。しかしその動機とは? そんな大事件を起こしてしまった背景とは?
答えを求めてバスコム警部補はジェイミーや息子のアダムが通う学校に協力を求めにやってきたものの手応えはなし。父の情けない姿に剛を煮やしたアダムは事件の真相を解き明かす重要なヒントを与える。ジェイミーのインスタグラムに付いたコメントにある絵文字の本当の意味と、それを使った陰湿ないじめ。「80%の女性は20%の男性を好む」という「法則」。インターネットに広がる異性との関係に恵まれない非自発的独身者インセルによる女性嫌悪、女性蔑視の思想の影響。

逮捕から7ヶ月後。裁判に先駆けてジェイミーの深層心理を見極めようと面接に臨む心理療法士が彼の元を訪れる。和やかな雑談が緊迫したやりとりに急変していき、そこで初めて殺人に至った具体的な経緯と動機が語られる。そして最後は世間の目に苦しみ葛藤しながらも先に進もうとする家族とジェイミーが描かれる。
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ジェイミーを熱演したオーウェン・クーパーは今作でデビューしたばかり新人で、撮影当時はまだ14歳の恐るべき才能の持ち主であること、4つのエピソードは全て画面の切り替えなしのワンテイクで撮影されたことがとても注目されている。
けれども私が何よりも衝撃を受けたのは、ジェイミーが同じ学校の女子生徒を殺してしまうまでに至った背景だった。インセルの存在はニュースなどで薄々知っていた。でももっと上の、20代後半や30、40代のものだと考えていたし、絵文字の持つ隠された意味については全く知らなかった。
「アドレセンス」はフィクションだけれども、近年イギリスで起こっているティーンエイジャーの男性が同世代の女性を殺害する事件が数多く起きていることに着想を得ている。だから単なるドラマとして見ることはどうしてもできなかった。
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自分は醜く女性たちに選ばれない存在と卑下し、インターネットにある主張やインフルエンサーの思想をそのまま信じ込み、自身のコンプレックスを文字通り鋭い凶器に変えて、女性たちを憎み傷つけ命すら奪う。PCのスクリーンに流れてくる都合の良い情報だけをそのまま受け入れ、問うことはしない。友人たちと語り合うこともない。映像が残されているのに「犯人は自分ではない」と言い続ける不自然さと幼稚さ。また最初から最後までジェイミーが助けを求め、語りかける家族は父親だけ。母親も彼の姉も息子や弟を理解しようと最大限に努める心優しい人たちなのに。
彼の頭の中だけではなく、ドラマの中にはあちこちに世に蔓延った女性蔑視のサンプルが散りばめられている。校内で注意する女性教師にだけ汚い言葉で返す男子生徒、被害を受けた女性は忘れられ、加害した男性だけが人々の記憶に残る皮肉。女性の心理療法士にねっとりとした視線を浴びせ続けて必要以上に関わってくる警備員。
しかしステレオタイプな男性像に囚われてしまっているのは男性ばかりではない。ジェイミーとの面接に臨む心理療法士は「他の意見に左右されないこと」を自分の信条をしながらも、男性的と判断する基準をパブやサッカー好き、同性の仲間同士でつるむことなどとしている。

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それらすでに存在している「男性像」に、ネットに広がるトキシック・マスキュリニティ(有害な男性らしさ)、インセルカルチャーがプラスされてさらに拍車をかけていく。語り合う相手も見本となる大人も持たず、ただ流れてきた偏った情報を信じる。薄い氷の上を歩いているようなそんな彼らをどうしたら守れるのだろう。ネットネイティブではない親世代が、ネットネイティブを育てることができるのだろうか。そんな疑問を頭の中で繰り返しながらも答えはまったく見つからず、私は唖然としてスクリーンを見つめているだけだった。
両親は「ジェイミーが自室にいれば悪いことには巻き込まれることなく安全だと思っていた」と言って涙を流す。配管修理工として勤勉に働く父と思いやりにあふれた母。誰が見たって良い両親だ。子供たちが望むものは買い与え、できる限り彼らの考える快適な暮らしを与えてきた。
「(この事件を未然に防ぐために)自分達に何ができたのだろう?」そう問う父に母は「何ができたか、これから考えることが大切。それが償いになる」と答え、姉は「私がジェイミーの姉である以上、今後も困難が降りかかることは避けられない。でも私たちは家族だから」と語る。そんな姉を見て父は思慮深い彼女は「ジェイミーとは違う」とつぶやくが、母は「二人とも私たちの子供よ」と優しく諭すように答える。ドラマの最後でようやく女性たちのしなやかさ、強さが描かれる。

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イギリスの国会では先日「アドレセンス」をきっかけに、10代へのトキシック・マスキュリニティやインセルカルチャーの深刻な影響を取り上げた。キア・スターマー英首相は二人の子供たちとこのドラマを見たと語り、子供たちのネットアクセスにもっとルールが必要だと発言しながらも、具体的な提案はなかった。
ずっと犯行を否定し続けていたジェイミーだが、物語の最後で裁判では自分の容疑を認めると保護施設からの電話越しに父親に伝える。そしてかつて好きだった絵を描くことをまた始めたとも。重たい罪を犯してしまった過去を直視し、周りに左右されることなく自分らしい事柄を通して自身を見つけようしていると感じられ、少しだけ希望を見出すことができた。
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