
ニューヨークとリオの音楽の魅力が詰まった傑作
ここ数日、アート・リンゼイのニュー・アルバム『CUIDADO MADAME(ケアフル・マダム)』を聴いている。アートは親日家として知られ、坂本龍一を筆頭に友人も多く、来日公演も頻繁に行っている。FIGARO読者にもファンは多いはず。
アメリカ生まれながら、幼少時から17歳までブラジルで生活してきたため、ブラジル音楽が身体に染みついている彼は、現在はニューヨークから生活の拠点をブラジルのバイーア、さらにはリオへと移している。その間もニューヨークはもとより、ヨーロッパへと幾度も渡り、日本でも小山田圭吾をはじめとして、多くのミュージシャンと共演を果たしてきた。
20代で結成したDNAがニューヨーク・パンクを代表するバンドで、前衛的、実験的な試みを繰り返してきたこともあって、アートのギターは譜面など関係ない即興を基にしたノイジーなギターが特徴だ。
けれど私が最初に彼の音楽を知るきっかけとなったユニット、アンビシャス・ラヴァーズをはじめ、彼のヴォーカルには甘くどこかエロティックな心地よさが宿り、メロディアスなこともあって、不協和音の中にもポップ感が佇んでいることが多い。
アート・リンゼイ『ケアフル・マダム』。ポルトガル語だと“クイダード・マダミ”と読むそう。
約13年ぶりとなるオリジナル・アルバムは、アート・リンゼイの名を聞いたことがない人にもオススメの聴きやすさがある。ニューヨークとリオで制作された楽曲では、NYの若手ジャズ・ミュージシャンによる洗練された音使いと、バイーアの打楽器のビートが融合。中原仁氏のライナーノーツによれば、ここで使用されている打楽器“アタバキ”は、“自然崇拝の多神教、カンドンブレの儀式で神々と交信する際に欠かせない楽器”とのこと。
このアタバキ隊の中心人物ガビ・ゲヂスはリオ・オリンピック閉会式のブラジル国歌を演奏する際に打楽器隊を率いて登場している。一方で、バイーアのポップ・ミュージック・シーンでも活躍していて、アート・リンゼイと以前から親交がある。その響きは土着的でもあり、脈打つような熱さもあり、切り裂いていくかのようなアートのギターと絶妙な相性を見せながら、曲も気持ちも前へ前へと進めていく。
意欲的に音楽活動を続け、ミュージシャンからの人望も厚い。現在63歳。
エレクトロ色の強い曲から、ボサノヴァ・タッチな曲まであり、アコースティック・ギターとピアノを伴奏に歌われるマリーザ・モンチとの共作曲も聴き逃せない。
居心地の良さに加え、美術館を歩いているかのような芸術性と刺激にも溢れている『CUIDADO MADAME』。休日の陽だまりにも優しく流れている。
ARCHIVE
MONTHLY