えっ、TシャツはNG? フランス人男性とのパジャマ抗争。
あるとき友人が、交際中のフランス人男性と寝るときの装いについて喧嘩をしたらしいんですよね。
寝るときの装い。
私の常識では、寝るときに「装い」って特にないはずでした。
でも友人の交際相手はその夜、明かりを消し一緒にベッドに入って目を閉じたあと突然、東大寺南大門金剛力士像のごとくカッと目を見開きガバリと半身を起こして、
「ミキコ(仮名)、大切な話がある」
って言ったそうなんです。
闇夜にぼんやり浮かんだ彼のシルエットは悲しげで、月光に照らされた瞳がしんと光っていて、「こりゃ別れ話だろ」ってミキコは思ったそうです。そりゃ思うでしょう。
ドキドキしながらミキコも起き上がると、彼は眉間に深いしわを寄せながら「そんなものを着て寝るなんて、君はもう僕のことを愛していないのか」と悲壮に切り出したとのことでした。
真夜中にわりと重大なことになっているその雰囲気のなか、ミキコを混乱させたのは彼が責めているのがただの自分の服、パジャマとして着ている衣類だったこと。そして「君は決してダメな人じゃない」「あきらめないでほしい」「もっと上に行ける」のような、スポコン要素に満ちた彼の言葉からわかったのは、どうやらこれは別れ話ではなく、ふたりの関係はまだ希望がありそうだということでした。
要するに彼は、彼女が寝るときに「セクシーな格好をしていない」ことについて「いったいどうしてそんなことが起こり得るのか恋人たちの夜に」と問題提起をしていたわけです。
たしかに、たしかにミキコが語ってくれたところによると、そのとき彼女がパジャマとして着用していたのは「甚平」でした。あの、祭りでね、勢いのあるタイプの兄さん方が愛用しているアレなんですけれども、浴衣よりも着脱しやすく動きやすく、なにかと孤独を感じやすい異国生活で手軽に日本のココロを感じられるそれを、一時帰国中に京都の土産物屋で購入してからずっとミキコはフランスでも愛用し続けていたそうです。
彼はもちろん甚平自体に文句があるわけではなく、一般的に夜、恋人と寝るときにはもっとセクシーな格好をするものであるという主張をしていただけでした。
それでミキコはなんていうか、「あなたは私の中身を愛してはいないのか」的なね、ありますよね、ああいう系の攻撃を繰り出すことでなんとかその場は収めたんですね。ただとくにパジャマにこだわりがあったわけではないので、「こんなに揉めるくらいなら」とその場で彼には甚平を卒業することを約束し、翌日生まれてはじめて「ネグリジェ」なるものを買ったとのことでした。彼はとても喜び、結局は買ってよかったといっていました。
「フランス人の女の子が夜寝るときは、必ずセクシーな格好をする」と言われてカルチャーショックを受ける日本人女性は本当によく見ます。私も例にもれずそのひとりでした。さらにフランス人男性と「仲が悪いわけじゃないんだけど、なんだかうまくいかない」と悩む日本人の女の子が「セクシーな格好で寝てみたら?」とアドバイスされて、その通りにしてみたらあれよあれよとうまい具合に事が運んだという話もよく聞きます。
ちなみにミキコも買ったという「ネグリジェ」がどんなものなのかというのは各々定義が違うでしょうが、私個人は「フリフリで薄手の長袖Aラインワンピース」的なものだと思っていました。日本語で「ネグリジェ」とGoogle画像検索すると私の想像した通りのものがたくさん出てきます。ところがフランス語の「négligé」で検索するとそれは「サテン素材でぴったりと身体に張り付く極ミニ丈キャミソールワンピース」的なものであり、私のまわりでミキコのようなセクシーパジャマ・クライシスに陥った在仏日本人女性が購入するのは圧倒的にこちらです。
ただ、ひとつ不思議なのが「フランス人女性はみんな夜寝るときセクシーな格好をする」というわりに、店には猫柄のかわいいパジャマなんかも売っていること。つまり、この手のパジャマも需要があるということです。たとえば私の別の友人は交際相手のフランス人男性から慣例にのっとってセクシーパジャマを求められたのですが「深刻な冷え」を理由に断固拒否し続けており、そのような剛の者のために猫柄パジャマも準備されているのかと思う一方、ふたりが別れていないところを見るとこの「セクシーパジャマ抗争」は交渉の余地がじゅうぶんあるのではとも考えるのです。
ミキコの交際相手についても、彼はミキコの「非セクシー」に不満を持ちながらも、黙って去ることをせずきちんと話し合おうとしました(黙って去っていく人も多いと思う)。彼女は「私の中身を愛してないのか」攻撃を一時しのぎに利用したわけですが、彼は彼女の中身をきちんと気に入っていたからこそこういう結果になったと思うのです。
たかがネグリジェされどネグリジェ、みなさん、何着て寝てますか?
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