フィガロが選ぶ、今月の5冊[2016.07.15~]

Culture 2016.07.15

「フィガロジャポン」8月号に掲載した今月のおすすめ書籍情報を、madame FIGARO.jpでもお届け。いま読んでおきたい、国内外の注目作品とヴィジュアルブックをご紹介。

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自分が忘れないために生まれてきた言葉たち。

『翻訳できない世界のことば』

文/最果タヒ(詩人・小説家)
1986年生まれ。第44回現代詩手帖賞、第13回中原中也賞、第33回現代詩花椿賞を受賞。代表作に『死んでしまう系のぼくらに』など。近著に『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(ともにリトル・モア刊)。

 言葉が存在することで、切り捨てられていくものはある。「愛」という言葉がこの世界にもしも存在しなかったら、私はこの感情を「愛」と思っただろうか。言葉があることで、自分だけの曖昧な感情が、どこにでもある、定義し尽くされた1つの感情に均一化される。なにかに名前をつけること、言葉を与えることは、本当はもっと慎重にすべきことだったのだ。すべての感情は自分だけのもので、その曖昧さ、言葉にできなさを見失うことは、自分自身を見失うこと。けれど一方で、言葉がすくいとるものも、きっと、どこかにあるのだろう。そんなことをこの絵本を開いて思う。
 月の光が湖面に反射して、光の道ができあがる。その光の道を「mångata」と呼ぶ言語がある。その言葉があるだけで、私たちは夜に湖に向かう日が来なくても、永遠に光が道を作ることを忘れない。
 私たちは簡単に忘れてしまう生き物だ。だから写真を撮るし、日記帳が発売される。こんなにも心を打つ瞬間が、すぐに過去になることを、ほとんど諦めてしまっている。もしかしたら、ほとんどの瞬間はいつか必ず忘れてしまうからこそ、私たちは心を震わすのかもしれなかった。そして、カメラがなかった頃、書きのこすペンも紙もなかった頃、私たちは言葉を作った。その瞬間に名前をつけるという、そんな行為で、過去を永遠にしようとしていた。
 翻訳することのできない言葉は、どこか、「共有の道具」になることを避けてきた言葉であるように思う。実際、この言葉は言語の壁を越えて、行き渡ることはなかった。だれかに伝えるためではなく、自分が忘れないために生まれてきた言葉なのかもしれないと、思うのは少しロマンチックすぎるかな。それでも、絵本を開く間、簡単に消え去ってしまいそうな儚さを指先で感じていたのは間違いではなかった。

『翻訳できない世界のことば』
エラ・フランシス・サンダース著 前田まゆみ訳 
創元社刊 ¥1,728


*「フィガロジャポン」2016年8月号より抜粋

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「フィガロジャポン」8月号に掲載した今月のおすすめ書籍情報を、madame FIGARO.jpでもお届け。いま読んでおきたい、国内外の注目作品とヴィジュアルブックをご紹介。

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「食べること」を語れば、その人の人生が見えてくる。

『食べる私』

樹木希林、土井善晴、ジェーン・スーなど29人の著名人が食について語ったこの本の濃密な面白さは、聞き手の平松洋子のインタビューの見事さにある。大食いで知られるギャル曽根の食べ方がきれいでおいしそうなのはなぜか。原点に料理上手な母親の味があった。好きな店は仕事場の近所ばかりで、効率重視の仕事人間であることを看破されるデーブ・スペクター。食べることが生活の中心にあるマラソンランナーの高橋尚子がワインに興味を持った意外な理由とは。入念な準備と抜群の着眼点で「食べること」からその人の人生の真実を引き出している。

『食べる私』
平松洋子著
文藝春秋刊 ¥1,890


*「フィガロジャポン」2016年8月号より抜粋

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「フィガロジャポン」8月号に掲載した今月のおすすめ書籍情報を、madame FIGARO.jpでもお届け。いま読んでおきたい、国内外の注目作品とヴィジュアルブックをご紹介。

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魅惑の片岡義男ワールドを堪能できる連作短編集。

『と、彼女は言った』

短編の名手として近年再び人気を集めている片岡義男。今年3冊目となる新刊は小説家を主人公にした連作短編集。7編のうち『人生は野菜スープ』は同じタイトルの短編が80年代にもあって、一世を風靡した当時と比べても、乾いた文体、洒脱な会話、この作家ならではのスタイルが貫かれている。一杯のコーヒーをきっかけに主人公と友人とその妻、3人の間に流れた時間を描き出す『おでんの卵を半分こ』にはおでんやヌード写真といったモチーフも登場するが、いかにスタイリッシュに描かれているか味わってみて。魅惑の片岡ワールドはクセになる。

『と、彼女は言った』
片岡義男著
講談社刊 ¥1,836

 

*「フィガロジャポン」2016年8月号より抜粋

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これって変じゃないですか? 松田青子の痛快エッセイ。

『ロマンティックあげない』

松田青子は日常の違和感を見つけ出す目利きである。そのさりげない凄腕ぶりは小説でも発揮されていたけれど、このエッセイのなんて面白く痛快なことか。テイラー・スウィフトの歌詞に尽きない復讐心を読み取り、パスタセットにバゲットは必要かと首をかしげ、選手を「プリンセス」と呼びたがるフィギュアスケートの実況中継の異様さをわざわざ書き起こしてみせる。共感せずにいられないのは、その先に女性である私たちがなんとなく疑問に感じていた社会の枠組みがふと垣間見えるから。「これって変じゃない?」と実に的確なツッコミを入れてくれる。

『ロマンティックあげない』
松田青子著
新潮社刊 ¥1,728


*「フィガロジャポン」2016年8月号より抜粋

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連載開始65周年を記念した、スヌーピーのアートブック。

『スヌーピーとチャールズ・M・シュルツの芸術 必要なものだけを』

世界中で愛されている『ピーナッツ』は1950年から50年間、新聞漫画として描き続けられた。ひとりの作者による物語としては最長と称されるこの作品には作者の人生が映し出されている。連載開始65年を記念して刊行されたこのアートブックには170話余を収録。初出の下書きや丸めた跡が残る習作から作者の息遣いを感じる。キング牧師暗殺の直後、一主婦との文通をきっかけにアフリカ系アメリカ人のキャラクター・フランクリンが誕生するまでの経緯や連載最終回のエピソードなど読みごたえもたっぷりの愛蔵版。

『スヌーピーとチャールズ・M・シュルツの芸術 必要なものだけを』
チップ・キッド著 奥田祐士訳 
DU BOOKS刊 ¥5,400


*「フィガロジャポン」2016年8月号より抜粋

photos:MAKOTO YOKOKAWA, texte:HARUMI TAKI

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