フィガロが選ぶ、今月の5冊 長嶋有が綴る、歴史書のような小説『三の隣は五号室』

Culture 2016.09.05

『 三の隣は五号室』

ある小さなアパートをめぐる、歴史書のような小説。

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長嶋 有著 中央公論新社刊 ¥1,512

 舞台は、築50年の木造賃貸アパート「第一藤岡荘」の五号室。1966年から2016年までの50年の間に、この部屋で暮らした歴代の住人たちの物語が描かれている。住人たちは苦学生、傷心のOL、単身赴任のサラリーマン、外国人の青年、病に臥す妻とその夫など様々だ。彼らのほとんどは共通して、このアパートに初めて入った時「変な間取りだ」と感じる。そう、変な間取りなのだ。物語の冒頭、この間取りについて住人たちがどのように感じ、どう工夫してこの部屋を使うことにしたかが詳細に綴られていく。それを追いながら、私の頭の中では「あ、こことここは繋がってたのか!」「ここに窓がある?あれこっちはどうなってる?」「トイレと風呂の位置関係は……?」と想像しながら、間取り図や日当たりや風通しを含めた部屋の姿が詳細に浮かび上がる。そして途中、間取り図が記されているページに出会い、自分の脳内にできたそれと答えを合わせるのも楽しい。
 住人たちはこの癖のある部屋とそれぞれに付き合いながら工夫して暮らしていく。決して出会うことのない住人たちは、ガスの元栓にくっついたままのゴムホースや、水道の蛇口、畳のへこみや日焼けのあと、柱についた傷などを通して繋がっているのだ。物語はこのような生活の跡や、雨の日の思い出、その時々のテレビ番組などについてのエピソードを起点に、50年間のアパートと住人たちの歴史を縦横無尽に行き来しながら進んで行く。単に古いアパートの話ということではなく、新築だった66年当時から私たちの生きている2016年まで時間が迫って来る感覚も新鮮だ。アパートの一室からその周辺の街並みへ描写は徐々に広がり、空間と時間軸が同時に丁寧に広がっていくことに高揚する。小説を超えて、ある小さなアパートをめぐる歴史書のようだ。重なっていく人間の営みが尊く、愛しく感じられる作品。

 

文/山田由梨(贅沢貧乏主宰)
1992年、東京都生まれ。2012年に表現集団である贅沢貧乏を旗揚げ。以来、すべての贅沢貧乏作品の脚本、演出を担当している。自身も役者として出演するほか、デザイナーとしても活動中。
*「フィガロジャポン」2016年10月号より抜粋

photos:MAKOTO YOKOKAWA

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