写真から絵画まで、戦争の世紀に創り続けたヴォルスの個展。
Culture 2017.06.07
戦争の時代に自分のビジョンを守った、ヴォルスのサーカス。
『ヴォルス——路上から宇宙へ』
『無題』1942/43年。DIC川村記念美術館蔵。目を閉じて浮かぶビジョンを線描した絵画。
『ニコール・ボウバン』c.1933/1976年。ヴォルスにとって、現実世界で自らまぶたを閉じることには特別な意味があったのかもしれない。
ヴォルスは戦争の世紀に翻弄された芸術家だ。第一次世界大戦の敗戦国ドイツで豊かな家に生まれ、幼少期から音楽と詩に親しんだ彼は、父を亡くし、高校を中退して自動車修理や帆船操縦などの職業訓練を経て写真技術を身につける。1930年代、移住したフランスでナチス政権下の兵役忌避者の身分のため、就業許可もなく転々とする。生活のため、心の支えだったバイオリンを手放したが、写真家として認められ、文化人の肖像やシュルレアリスム的視点の静物写真で一時売れっ子になった。ドイツとフランスの戦争が始まると収容所に収監されて写真制作は中断、そこで過酷な現実から逃れるかのように絵画に没頭していった。
目を閉じると頭の中に音楽のように流れてくるイメージをとらえた、蜘蛛の糸のような描線と澄んだ色彩は、少年時代に影響を受けたパウル・クレーを彷彿させる。戦後は西洋絵画の伝統や慣例にとらわれない独自の描法を開拓し、サルトルら文学者や詩人たちの著書に銅版画の挿画を寄せるが、わずか38歳で貧窮のうちに死を迎えた。死の直後に「アンフォルメル」の先駆として評価され、日本でも瀧口修造らが文章を寄せた画集が出版された。DIC川村記念美術館の充実した所蔵コレクションに加えて国内外のヴォルス作品が公開される本展が、この時代に開かれる意味は深い。激動する政治と経済に犠牲を強いられ、自身の多様な経験と知識をすべてそのまま生かす総合芸術を「サーカス・ヴォルス」と呼び、諦観した芸術家が存在したことを知ってほしい。
会期:開催中〜7/2
DIC川村記念美術館(千葉・佐倉)
営)9時30分〜17時
休)月
一般 ¥1,300
●問い合わせ先:
tel:050-5541-8600(ハローダイヤル)
http://kawamura-museum.dic.co.jp
*「フィガロジャポン」2017年7月号より抜粋
réalisation : CHIE SUMIYOSHI