回復への道のりが必要とする、膨大な時間と労力、愛と献身。

Culture 2019.05.01

『ビューティフル・ボーイ』

1905xx-cinema-01.jpg

家族愛の物語が粉々になるカオスの底から、愛を問い直す。怜悧(れいり)な演出の下、生死の縁でもがき、のたうつシャラメから虚飾なき香気が漂うよう。

違法薬物を使用した芸能人の逮捕が続いている。その人たちをモンスターのように非難する声もあるが、そういう人にこそこの作品を見てほしい。

この物語には、“悪人” はひとりも出てこない。成績優秀でスポーツ万能の学生ニック(ティモシー・シャラメ)、そして離婚はしたが息子のニックを愛する両親。とくに父親のデヴィッドは新しい家族ができてもニックと特別に密接な関係を築き、「こんなに親しい父子はいない」と自負している。ところが大学に進んだニックは遊び気分で大麻に手を出し、そこからどんどん強いドラッグにのめり込むようになっていく。

興味深いのは、デヴィッドがあるときは職業ライターとして薬物依存について学び、理性で息子を理解しようとしたり、あるときは長男を溺愛する父親としてひたすらおろおろしたり、さまざまな顔を見せることだ。しかし、結果的にニックはまたドラッグの道に引き戻される。その度に裏切られ、デヴィッドの自負は打ち砕かれていく。

家族がそれぞれ愛し合っているのに、それでも忍び寄るドラッグと、それがもたらす亀裂や破滅。そして、それでも愛することをやめない人たち。「最後に勝つのは愛なのか、それともドラッグなのか」と胸が詰まりそうになりながら、いったん陥った薬物依存を乗り越えるために必要な時間、エネルギー、さらに多くの人の献身や犠牲に、めまいがしそうになった。

違法薬物使用者の逮捕は、そこから始まる果てしない回復への道のりの第一歩にしかすぎないのだ。はたして、彼らにこれほどの愛を注ぐ人はいるのだろうか。

文/香山リカ 精神科医、立教大学現代心理学部教授

豊富な臨床経験を生かして、現代人の心の問題を中心にさまざまなメディアで発言。専門は精神病理学。『大丈夫。人間だからいろいろあって』(新日本出版社刊)など、著書多数。
『ビューティフル・ボーイ』
監督・共同脚本/フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン
出演/スティーヴ・カレル、ティモシー・シャラメ
2018年、アメリカ映画 120分
配給/ファントム・フィルム
TOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開中
https://beautifulboy-movie.jp

*「フィガロジャポン」2019年6月号より抜粋

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

フィガロワインクラブ
Business with Attitude
パリとバレエとオペラ座と
世界は愉快

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories