脱アルコール。「ソバーキュリアス」という新トレンド。
Culture 2019.09.09
(c)caiaimage/amanaimages
「今の若い人はお酒を飲まない。」と言うが、本当にその傾向は拡大していた。
職場の仲間と飲みに繰り出す「飲みニケーション」の是非が話題になることが多い。職場の人間関係を円滑にする、一方でパワハラの温床になるなど賛否両論があるが、事実、現在の20代は一世代前に比べて20%もアルコールを飲んでいないという。若い世代では、「お酒を飲む」という行為から遠ざかる風潮があり、職場のお酒の付き合い自体を敬遠しているわけではないようだ。
今、若者たちの間で新たなムーブメントとして注目されているのが、「Sober Curious(ソバーキュリアス)」を自称する人たち。お酒が飲めない訳ではないが、あえて飲まない人や、少量しか飲まない人を指す。ミレニアル世代を中心に、このあえて「飲まない」がトレンドになっているという。
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世界的に広まる肉体的、精神的健康志向
脱アルコールの傾向は、16〜24歳の1万人を対象にした調査からも明らかだ。CNNによれば、2005年にアルコールを飲まないと答えた、イギリスに住む若者が18%だったのに対し、2015年には30%まで拡大している。
ミレニアル世代を中心としたソバーキュリアスたちをアルコールから遠ざける要因になっているのは、これまでのヘルシー志向に加えて、世界規模で広がる「マインドフルネス」など、精神的な豊かさを追求する傾向という。
アルコールを避ける人たちにとって、アルコールは「自分をいい気分にしてくれないもの」と断言されている。食生活を変え、運動を習慣にしている人は、日常から「Toxic(毒)」を除くために努力している。それにも関わらず、アルコールを一口飲むだけで、その努力は無駄になってしまうというのだ。
またビジネスの世界では、これまで会食にアルコールはつきものというのが常だった。しかしシリコンバレーでは、アルコールを飲まない人が増加。法律系テック企業「アトリウム」のファウンダー兼CEOのジャスティン・カン氏は、断酒の決意表明をツイートし、早速メッセンジャーアプリ「テレグラム」で断酒コミュニティを立ち上げた。すると、すぐに1000人以上がグループに参加し、カン氏はこんなにも共感が大きいことに驚きを語った。
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NYで勢力増す、酒のないバー
かつてニューヨークのナイトライフと言えば、お酒なしに語ることはできなかったが、今若者たちの間でその図式は変わろうとしている。1000軒以上バーがある中で、アルコールを扱わない「Sober Bar(ソバーバー)」と呼ばれる店舗が、少しずつだが、着実に増えているのだ。
バーの雰囲気や、形態は従来のものと同じだが、提供するドリンクが全てアルコールフリー。酢、フルーツ、砂糖、クラブソーダから作られる酸味のあるカクテルだったり、様々なフルーツジュースをミックスしたものだったりする。アルコールは一切置かれていない。
こうした「No Booze(脱アルコール)」店舗で出される飲み物は、見た目も味も、アルコール入りカクテルとほぼ変わらないというから驚きだ。見た目のお洒落さに関していえば、単なるジュースとは一線を画す。さらに、店での顧客の様子も、アルコールが入っている人とさほど変わらず、盛り上がりを見せているという。
ソバーバーの代表的存在、ニューヨークの「リッスンバー」のオーナー、ロレレイ・ボンドルフキーは、「バーの趣旨は、アンチアルコールを声高に叫ぶことではなく、あくまでも人が集まって楽しい時間を送る場所に対しての選択肢を増やしたいと考えたから」と話す。
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新しい世界を創出。シリコンバレー発の企業も「ノンアルコール」ビジネスに
2018年の全米ではビールの出荷率は、前年比3.5%の減少が報告されている。アルコールの販売が芳しくない飲料企業や投資家は、こぞって「非アルコール飲料」や「低アルコール飲料」関連のビジネスに投資をし始めた。
例えば、女性起業家のジェン・バッチェラーとシリコンバレーのテク系起業家マシュー・カーブルがはじめた「キン・ユーフォリックス」は、昨年投資グループから資金援助を受け、最初のノンアルコール飲料をリリースして以来、メディアの注目を集めている。
またミネラルウォーターの新ブランド「Liquid Death(リキッドデス)」は、ロックやヘビメタルファンが、「かっこよさ」を無くさずに、アルコールやエナジードリンクの代わりに水分が採れるように、缶入りのミネラルウォーターを販売し始めた。同社はすでに160万ドル(約1.7億円)の投資を集めることに成功している。
この脱アルコールトレンドは、既存の「酒飲み」を否定して存在しているのではなく、あくまでも新しい世界を創出して存在しようとしている点に注目したい。実際、一部のソバーキュリアスたちは、気分次第で少量のアルコールは摂取すると言っているわけで、これまでお酒に関して分断されていたソーシャルライフの選択肢に、中間点を設けることに成功したと言っていいだろう。
こうしたソフトパワーが「脱アルコール」という新しいトレンドを、急速にそして世界規模で広めているに違いない。そしてこれまで肩身の狭い思いをしてきた下戸にとっても、新しいトレンドはより人生の楽しみの幅を与えてくれるものになっているようだ。
ニューズウィーク日本版より転載