【立田敦子のカンヌ映画祭2025 #8】イランの名匠ジャファール・パナヒが最高賞を受賞!

Culture 2025.05.26

現地時間の5月24 日、第78回カンヌ国際映画祭が閉幕、クロージングセレモニー&授賞式が開催され、各賞が授与された。 

コンペティション部門22作品の中から最高賞のパルムドールに輝いたのは、イランの名匠ジャファール・パナヒによる『It Was Just an Accident(英題)』。自動車修理工の男が、ある日車の修理にやってきた男の義足の音を聞き、かつて拷問を受けた刑務官ではないかと疑いを抱くことから始まるポリティカル心理ドラマだ。国家の弾圧、人間の記憶の曖昧さ、感情と正義、尊厳といったテーマを真摯に捉えながらも、イラン社会の不条理をユーモアを持って描くパナヒの集大成的作品だ。

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ジャファール・パナヒ『It Was Just an Accident(英題)』©︎JafarPanahiProductionsLesFilmsPelleas

2003年の『クリムゾン・ゴールド』が「ある視点」部門で上映されて以来、22年ぶりにカンヌに復帰したパナヒだが、この名匠とカンヌにはある種深い縁がある。2010年にパナヒはコンペティション部門の審査員として参加する予定だったが、体制批判により投獄され、カンヌに来ることは叶わなかった。映画作家への政治的弾圧に反発したカンヌの映画人たちは会見を開き、抗議声明を発表した。その中のひとりが、その年やはりイランの名匠であるアッバス・キアロスタミの『トスカーナの贋作』で映画祭に参加し、女優賞を獲得したジュリエット・ビノシュだ。ビノシュは受賞会見でもパナヒの名を挙げ、自らの姿勢を表明した。 IMG_4904.JPG

記者会見の様子。©︎Atsuko Tatsuta

本作はパナヒが自らの投獄経験を反映し、政府からの弾圧に抗いながら製作した映画だが、授賞式後の審査員記者会見でビノシュは「この映画は抵抗と生存という感情から生まれたものであり、今日において絶対に必要なものです。非常に人間的であり、同時に政治的でもあります。彼は複雑な国から来ており、私たちがこの映画を観て際立っていると感じました」とその選考理由について語った。「私たちは復讐と暴力が支配する世界に生きていますが、この映画は暴力を経験した人が復讐ではなく変化について語ることができることを示しています。誰かを殺したり、傷つけたりするのではなく、耳を傾けることができるという考えです。この映画は大きな希望を抱かせてくれます」。パナヒの受賞は映画という表現の力を象徴ともいえるだろう。

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ジュリエット・ビノシュ。©︎Atsuko Tatsuta

パナヒは、2000年のベネチア国際映画祭(『チャドルと生きる』)、2015年のベルリン国際映画祭(『人生タクシー』)でもすでに最高賞を獲得しており、今回の受賞により三大映画祭を制覇するグランドスラムを達成した。 

監督賞と男優賞をW受賞したのは、やはり1977年の軍事政権下で弾圧に抗う男の逃亡劇を描いたブラジルの『The Secret Agent』。クレーベル・メンドンサ・フィリオ監督は、前作『バクラウ 地図にない村』の審査員賞に続き、2作連続の受賞となった。

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クレーベル・メンドンサ・フィリオ監督『The Secret Agent』©︎2025CinemaSco'pio-MK Production-One Two Films-Lemming

また、舞台俳優の娘と映画監督の父親との葛藤を描いたドラマ『Sentimental Value』はグランプリの受賞に輝いた。ヨアキム・トリアーは前作『わたしは最悪』で主演のレナーテ・レインスベが女優賞を獲得しており、同じく2作品連続での受賞。今年はコンペのラインナップの"若返り"が話題のひとつだったが、フィリオ監督もトリアーも新しいカンヌの"常連"にリストアップされたことは間違いない。

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ヨアキム・トリアー監督『Sentimental Value』©︎Kasper Tuxen 

以下、コンペティション部門の受賞リスト。

●パルム・ドール 『It Was Just an Accident(英題)』ジャファル・パナヒ監督(イラン)

●グランプリ 『Sentimental Value』ヨアキム・トリアー監督(ノルウェー)

●監督賞 クレーベル・メンドンサ・フィリオ監督(ブラジル)『The Secret Agent』

●主演男優賞 ヴァグネル・モウラ(ブラジル)『The Secret Agent(英題)』

●主演女優賞:ナディア・メリティ(フランス)『The Little Sister(英題)』

●審査員賞(2作品) 『Sirât』オリバー・ラクス監督(スペイン)『Sound of Falling』マシャ・シリンスキー監督

●脚本賞 ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ(ベルギー)『Jeunes Mères(Young Mothers)』

●審査員特別賞『Resurrection(英題)』ビー・ガン監督(中国)

■コンペティション部門審査員

ジュリエット・ビノシュ(フランス)  女優(審査員長)

ハル・ベリー(アメリカ) 女優

パヤル・カパディア(インド)  映画監督・脚本家

アルバ・ロルヴァケル(イタリア) 女優

レイラ・スリマニ(フランス/モロッコ) 作家

ディエド・ハマディ(コンゴ民主共和国)  映画監督・プロデューサー

ホン・サンス(韓国) 映画監督・脚本家

カルロス・レイガダス(メキシコ) 映画監督・脚本家・プロデューサー

ジェレミー・ストロング(アメリカ) 俳優

映画ジャーナリスト 立田敦子

大学在学中に編集・ライターとして活動し、『フィガロジャポン』の他、『GQ JAPAN』『すばる』『キネマ旬報』など、さまざまなジャンルの媒体で活躍。セレブリティへのインタビュー取材も多く、その数は年間200人以上とか。カンヌ映画祭には毎年出席し、独自の視点でレポートを発信している。

text: Atsuko Tatsuta editing: Momoko Suzuki

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