エリザベス女王の秘蔵っ子、エドワード王子を知っていますか?

Culture 2021.02.17

エリザベス女王の56歳の末っ子、エドワード王子はこれまであまり注目されてこなかった。しかし、メグジット、アンドルー王子の公務引退、パンデミック、と苦難続きの英国王室で、エドワード王子が表舞台に登場する機会が増えている。(ほぼ)模範的な王位継承者の横顔を紹介する。

【写真】英王室のUFO的存在、エドワード王子のすべて。

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ロイヤル・アスコットを観戦するエドワード王子とウェセックス伯爵夫人ソフィー。(2019年6月19日)photo : Getty Images

ウィンザー家において、エドワード王子はほとんどUFOのような存在だ。これまでタブロイド紙の一面を飾ったこともなければ、離婚騒動もなく(離婚経験自体ない)、「問題児」の子どもがいるわけでもなく、派手な素行も見られない。

正直なところ、熱心なイギリス王室愛好家以外で、エドワード王子がどんな人か知っている人はどれだけいるだろうか? はたしてエドワード王子の妻の名前(ダイアナでも、カミラでも、サラでもない)を言える人はいるだろうか?

イギリス王室の法定推定相続人である兄のチャールズ皇太子は、カミラ・パーカー・ボウルズとの不倫(皇太子の離婚騒動は1996年に決着。2005年にカミラは正式な妻となった)から、ダイアナ妃への敬意を欠いた言動まで、その軽挙妄動でいまもなお新聞の一面を賑わせている。

もうひとりの兄、ヨーク公アンドルー王子も数々の騒動を巻き起こしてきた。1986年7月、26歳のときに、イギリス軍少佐の娘サラ・ファーガソンと結婚して話題に。そしてこの結婚は破局のときも世間を大いに騒がせることになる。1992年8月、ヨーク公爵夫人は、財務アドバイザーのジョン・ブライアンと一緒に南仏のプールサイドでパパラッチされ、トップレス写真が『デーリー・ミラー』紙に掲載されるという事件を起こした。

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離婚と性的スキャンダル

こうした騒動で王室が注目されることを好まないエリザベス女王は、夫人に家を出るよう勧告する。アンドルー王子とサラ・ファーガソンの離婚が成立したのはその4年後。だがヨーク公爵家のいざこざとトラブルはこれで終わりではない。

2019年、複数の女性に対する強姦と性的暴行の容疑で逮捕された大富豪ジェフリー・エプスタインが、独房内で首を吊って死んでいるのが発見された。その後の捜査の過程で、エプスタインの友人として、アンドルー王子の名前が浮上、ヨーク公自身も当時17歳のヴァージニア・ロバーツに性的暴行を加えたとして告発される事態に。騒ぎが大きくなり、2019年11月にはベアトリスとユージェニーの父親であるヨーク公は公務から退かざるをえなくなった。

エドワード王子の姉、アン王女も結婚が破綻している。乗馬選手としても知られるアン王女は1973年に陸軍大尉のマーク・フィリップスと結婚。ピーターとザラのふたりの子どもをもうけている。しかし夫の不倫が明らかになり、浮気相手との間に娘がいることも発覚し、夫妻は1992年に離婚。王女は同年、海軍左官ティモシー・ローランスと再婚する。

こうした波乱の中にあって、4人兄弟の末っ子のエドワード王子とソフィー夫妻だけは、今年で結婚22年を迎え、時代の荒波をどうにか乗り越えているようだ。

1999年6月19日、エドワード王子はロンドンのラジオ局キャピタルの元広報担当ソフィー・リース=ジョーンズと結婚し、ふたりはウェセックス伯爵と伯爵夫人の爵位を継承した。

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1999年6月19日に執り行われたエドワード王子とソフィー夫人の結婚式。photo : Abaca

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嵐の中の灯台

若き花婿はお気に入りの映画『恋に落ちたシェークスピア』(1998年)にちなんでこの伯爵位を選んだという。実際に映画の中でコリン・ファースがウェセックス卿という名の貴族の役を演じている。

エドワード王子夫妻の間には、2003年11月にレディ・ルイーズ、2007年12月にセヴァーン子爵ジェームズが誕生。ハリー王子の王室離脱、ヨーク公の性的スキャンダル、新型コロナウイルスの世界的流行と苦難続きのイギリス王室だが、ウェセックス家はイギリス女王にとって嵐のなかの灯台ともいうべき存在となっている。

2020年1月にバッキンガム宮殿で開かれたアフリカ諸国の首脳を招待したレセプションパーティでは、ウェセックス伯爵夫妻がホストのケンブリッジ公爵家の補佐役を務めている。イギリスのロックダウン期間中も夫妻はビデオ通話を活用して様々な活動を行っている。

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芸術家魂

将来エディンバラ公爵となるエドワード王子は、子どもの頃から兄姉とは異なる道を歩んできた。1964年3月10日にバッキンガム宮殿で誕生した王子は、母であるエリザベス女王から愛情を注がれて育った。

『ザ・クラウン』製作者のピーター・モーガンによると、チャールズ皇太子とアン王女は必ずしもそうではなかったらしい。「エリザベス女王は2軍(アンドルー王子とエドワード王子のこと)にはあまり厳しい母親ではなかった」とか。女王に即位したばかりで、公務で頭がいっぱいだったためとモーガンは説明している。

『ザ・クラウン』シーズン4で描かれた人物像を信じるなら、アンガス・イムリー演じるエドワード王子は決して模範的な子どもではない。ドラマに登場する学生時代のエドワード王子は生意気な若者で、同級生にいじめられて仕返しをする場面もある。

兄姉とは反対に、末っ子のエドワード王子は早くから芸術家としての資質を伸ばしてきた。ゴードンストウンスクールで学んだ後、ニュージーランドへ渡り、1年間学校で教師を務める。

海軍に入隊するも、軍人になる道は早々に諦めている。代わりにエドワード王子が打ち込んだのは幼い頃から愛好する演劇だ。海軍を退き、23歳でアンドリュー・ロイド・ウェバーの経営する会社に入社すると、制作アシスタントとして働く。この頃に女優のルーシー・ヘンシャルと出会い、ふたりの交際は3年間続いた。現場で身につけた経験を活かし、エドワード王子は1993年に自らの制作会社アーデントを設立する。

会社は2009年に倒産する。しかしアントニー・アームストロング=ジョーンズ(マーガレット王女の元夫)を名付け親にもつ王子には、すでに別の計画があった。

王室の主要メンバーのひとりとして職務に専念するため、アーデンとの経営から2002年に退いていたエドワード王子は、それ以後、父親とともに、才能あるイギリスの青少年の大学進学支援を目的とするエディンバラ公賞の振興に力を注ぐ。

2015年からはエディンバラ公賞財団の代表を務め、イギリスでのパラリンピック開催にも尽力している。時間に余裕のある時は、テニス、バドミントンをはじめ、娘のルイーズとの乗馬など、趣味のスポーツを楽しんでいる。

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模範的なカップルにも、実はスキャンダルが... 

では完璧な模範生かというと、必ずしもそうとは言えない。成人になってから、エドワード王子も何度か物議を醸したことがある。

1996年に雑誌『ラジオ・タイムズ』のインタビューで婚約の予定について問われた際、王子はこう言い放った。「あなた方が口をつぐみ、人に余計な口出しをせず、私がしたい時にしたいようにさせてくだされば、そのようなことが起こる可能性は高まるでしょう」。

その3年後、ソフィー・リース=ジョーンズとの結婚を間近に控えていた時期に、婚約者のソフィーがトップレスでDJのクリス・タラントと一緒に写っている昔の写真が『サン』紙に掲載された。この時にエドワード王子はタブロイド各紙に対し、カップルの私生活や「とりわけソフィーのプライベート」を「破壊する」のはやめてほしいと訴えている。

しかし執拗な取材攻勢はその後も続き、ウェセックス伯爵夫人となったソフィーは2001年に「ニュース・オブ・ザ・ワールド」紙の記者マズへル・マフムード(盗聴事件後に失踪)の罠にはまってしまう。

マフムードは夫人の経営するPR会社のクライアントを装って伯爵夫人との会話を録音。当時の首相トニー・ブレア(会話の中で「ブレア大統領」と呼ばれている)と首相夫人(「最悪」と酷評されている)をこき下ろす伯爵夫人の言葉が公開されてしまったのだ。これがスキャンダルとなり、ウェセックス伯爵夫人は表舞台から姿を消し、伯爵夫人の会社は倒産。夫妻はそれから数年間、公の場から遠ざかっていた。

その伯爵夫婦は、2020年12月末に、家族以外での6人以上の集会を禁止する「6人ルール」に違反したということで、またもやスキャンダルに。脚光を浴びたために評価を落とすことも(しばしば)ある。今回は夫妻もよく理解したに違いない。

texte : Chloé Friedmann (madame.lefigaro.fr)

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