編集者がとらえた、美しい女性(ひと) 「余韻を感じる、ふとした所作」女優・富司純子 の美しさとは?

Culture 2021.07.19

編集者という仕事が魅力的なのは、取材や撮影を通して、素敵な人を五感で感じられるから。実際にそのオーラや空気感に触れ、絶対的な美しさを体感した女性について、フィガロ編集部が「極めて主観的な視点で」語る。

富司純子
Sumiko Fuji

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1945年生まれ。7歳から日本舞踊を習う。18歳で藤純子(ふじ じゅんこ)として映画デビュー、『緋牡丹博徒』で東映の看板女優に。72年、結婚を機に引退するも、89年に富司純子に改名し、『あ・うん』で映画復帰。2007年に紫綬褒章、16年に旭日小綬章を受章。

いままで会った中で最も美しい人、と聞いて思い浮かぶのは、女優の富司純子さんだ。現在公開中の映画『椿の庭』は、写真家の上田義彦さんが自ら撮影した初監督作。四季折々の美しさや日本家屋の風情に心打たれたが、それ以上に私が見入ったのは、主演の富司純子だった。なんて美しい所作なんだろう……。玄関ですっと手をついてお辞儀をする姿、鏡ごしに娘と話しながら手早く着付けをする姿、さらには、庭先で落ち葉を掃く姿まで。そうした日常の何気ない動作ひとつひとつが美しい。

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「どうしたら富司さんのように、美しい人になれるんでしょうか」

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「藤純子」時代の写真。左:1972年4月の「別冊キネマ旬報」では表紙を飾った。右:69年、大阪・関西テレビにて。ドラマ「堂島」で情の深い女を演じ人気を博した。

そんな富司さんに、取材でお目にかかるという幸運に恵まれた。人間国宝の尾上菊五郎を夫にもち、娘はベルリン国際映画祭で銀熊賞に輝いた寺島しのぶ、息子は現代歌舞伎のスター菊之助……と、家族まで壮麗な大女優を前に、緊張で喉がカラカラに渇いた。実際にお会いすると、水の波紋のような、柔らかな結界に守られているような、独特の近寄り難さを感じた。これがオーラというものか。そこでもほうっとため息をついたのは、富司さんの声だ。まるで、歌を詠むような抑揚がある。「はい、どうぞ」とか「まぁ、そうなんですか」というひと言にさえ、ああ、日本語って美しいんだな、と思わせるたおやかさがあるのだ。インタビュー終わりに、勇気を振り絞って聞いてみた。「どうしたら富司さんのように、美しい人になれるんでしょうか」と。富司さんは戸惑いながらも、こう答えてくれた。

「自分に正直に、いまを生きる、ということではないでしょうか。人間ですから、欲に惑わされることも、昔はできたことがうまくできなくて、もどかしいこともあります。でも、そんな自分を受け入れて、いまを見つめて生きる。わたくしは少なくとも、そう生きてきました」

美しい感情もどろどろとしたことも、自分なりに消化して内包する。そうした心のひだが、流れるような所作や声の抑揚に現れるのだと思った。見た目の造形だけでは決して説明がつかない、奥行きのある美しさ。その日、藤棚を眺める富司さんの横顔は、また一段と美しかった。

※『フィガロジャポン』2021年7月号より抜粋
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text: Momoko Suzuki

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