編集者がとらえた、美しい女性(ひと) 永遠のアイコンとして輝く、歌手・松任谷由実という生き方。

Culture 2021.07.20

編集者という仕事が魅力的なのは、取材や撮影を通して、素敵な人を五感で感じられるから。実際にそのオーラや空気感に触れ、絶対的な美しさを体感した女性について、フィガロ編集部が「極めて主観的な視点で」語る。

松任谷由実
Yumi Matsutoya

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1954年、東京都生まれ。愛称はユーミン。72年、「返事はいらない」で荒井由実としてデビュー。フィガロジャポン連載をまとめた『ユーミンとフランスの秘密の関係』(CCC メディアハウス刊)も発売中。

ユーミンは、文字通り私の神さまだった。実家にあったレコードルームにはユーミンのレコードがたくさん並び、ユーミンの部屋さながら。家でも車の中でも、ずっとユーミンがかかっていた。幼い私にとっては仏壇の仏さまと等しく、常に家の中に気配がある存在。母が「ユーミン」と発する声は、父を呼ぶ声よりもワンオクターブ高くなり、その響きには憧れが満ちていた。

荒井由実がデビューした時に高校生だった母は、とにかくはまった。独特の存在感と才能、圧倒的なセンス、低音の心地よさ。歌詞は言葉だけに留まらず、曲を流せば脳内で映像が流れる。ユーミンの世界観は、母いわく、外国映画のようなもの。昔からコンサートに通い、妊娠中も行ったと言うから、ユーミンは私の胎教だった。家族で出かける時は常にドライブソング。「どうして、どうしての歌(「リフレインが叫んでる」)かけて」と、よく父にお願いしたのを覚えている。小学生の頃には歌詞の意味もわかるようになり、高校の同級生だったという母と父の思い出が流れてくるみたいで、「卒業写真」や「冬の終り」は気恥ずかしかった。チケットが取れなくなっても母の執念は続き、コンサートにも連れて行ってもらった。

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ユーミンは、49年間ユーミンであり続けている。

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母が集めてきたユーミンのレコード。左から、「時をかける少女」など初期ヒット作が入った『VOYAGER』(1983年)、初ベストアルバム『YUMING BRAND』(76年)、『悲しいほどお天気』(79年)。

そんなユーミン育ちの私が、2020年10月号「ユーミン×あいみょん 音楽のチカラを語る時。」企画で実際にお会いする機会を得た。「フィガロの撮影で南仏に行った時に買った服」だというワンピースにフレアデニムで、ユーミンは颯爽と現れた。取材は「あいみょんちゃん、今晩空いてたらごはん行かない?」というフランクな言葉で始まり、その場の全員の顔が和らいだ。対談では築き上げられた知性に圧倒されたが、その間合いや選び抜かれた言葉には、私たち若い世代への気遣いも感じられた。神さまはもちろん人間だったけど、その人間力の高さは神がかっていた。

ユーミンは、49年間ユーミンであり続けている。年齢不詳とかそういうことではなく、色褪せることがない永遠のアイコン。大人になってわかったのは、夢を叶えるよりも走り続けることのほうが難しいということだ。ユーミンであり続けることは、どれだけの精神力と覚悟を要するんだろう。その生きざまは、強く、美しく、唯一無二だと思う。

※『フィガロジャポン』2021年7月号より抜粋
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photography: Kazuhiro Fujita, styling: Kozue Anzai, text: Momoko Suzuki

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