「魚座の時代」、鏡リュウジが星の動きから読み解く2000年。

Culture 2021.07.31

占いは歴史上、どのような立ち位置にあったのか。そして実際に「予言」として成立するのか。占星術研究の第一人者、鏡リュウジが、星の動きとともに歴史を振り返る。


いまや星占いは、雑誌やオンラインメディアでは欠かせないコンテンツ。「今週の運勢は?」「あの人の性格は?」──星の動きに僕たちの気持ちを託すのはささやかな、でも、とても豊かなひととき。

でも、こうしたパーソナルな占星術が新聞や雑誌で普及していくのは、1930年代以降のことだとされています。個人向けのホロスコープは確かにギリシャの時代にその原型を見ることはできますが、それは限られた貴族のためのものでした。占星術で用いるホロスコープを作るためには高度な天文学的計算の技術が必要で、ホロスコープの恩恵を享受するのは、ルネサンス頃まで大変贅沢なことだったのです。

かつての星占い、もとい占星術は、もっとマクロなレベルで用いられてきました。元来、占星術は王や為政者の運命や戦争の行方、作物の出来、さらに言えばバグダッドのような都市を造ったり、エリザベス女王の戴冠式のような重要な日取りを決めるためにも用いられてきました。占星術は、歴史という大きなスケールのために用いられるのが主流だったわけです。

昨年末から大きな話題になった「グレート・コンジャンクション」(大会合の意。対極的な土星と木星が会合することにより、次の時代への移り変わりを示唆するとされる)も、アラブで占星術家が練り上げた理論に基づいています。この理論は、中世アラブ最大の歴史家として知られるイブン・ハルドゥーンの著作『歴史序説』にも詳しく紹介されているほどです。占星術は、決してたわいない日常の遊びやなぐさみではなく、壮大な星の動きの中に人類の歴史を位置づけるための一種の「科学」だったわけです。

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とはいえ……ここで知的なあなたはおっしゃるでしょう。

「ああ、でもそれはまだ科学と占星術が分かれていなかった頃の話でしょう? 人々がまだ星の神々の存在を信じていた頃の?」

確かにそうです。古代に生まれた占星術は現代では「科学」としては時代遅れ。占星術で未来を予言できると断言すれば、それは迷信というほかありません。まあ、予言できると主張する占星術家が多いので、占星術家は「アヤシイ」と思われるわけですね。

でも、そんな「科学の時代」の中で、ほとんど唯一、占星術家以外で歴史と星の動きのシンクロがあることを提唱した知的な人物がいるのです。それはスイスの心理学者、カール・グスタフ・ユングでした。ユングは、晩年の著書『アイオーン』の中で、驚くべきことを主張しています。「西洋の歴史、特に宗教の変遷は星の動きからある程度予言することができた」と。

ユングのアイデアは、春分点という、春分の日に太陽が通過する天文学上のポイントの動きに基づいたものです。春分点は、ホロスコープの星座を逆行する形で、二万数千年という長いサイクルで一周します。この通り道には牡羊座から魚座までの12の星座がありますから、春分点はひとつの星座をだいたい二千年強かけて通過します。この星座が約二千年単位での時代精神を象徴すると、19世紀の占星術家たちは考えました。牡牛座時代には旧約聖書に「黄金の牛」の描写が、勇猛さを表す牡羊座の時代には英雄たちが活躍し、そして牡羊座から魚座への移り変わりに「神の子羊」として犠牲になったイエスと、その弟子たちは「人間をとる漁師」(人々を神の教えへと導く者の比喩として、イエスが漁師ペテロを弟子にする際に用いた表現)となったのだと。初期キリスト教のシンボルはまさに魚でした。

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そして、ユングはこの星座単位、つまり二千年単位での大まかな歴史区分をさらに詳細に分析します。イエスの誕生からいまにいたるおよそ二千年以上の時代を、春分点が通過していく魚座の星たちと対応させてより細かく見ていくのです。

英国を代表する占星術家にして、ユング思想にも造詣の深いマギー・ハイド氏は、ユングのこのアイデアをもとに歴史年表(下記イラスト図)を作っています。不思議なことに、春分点が魚座の星たちを通過するたびに、確かに歴史上の大きな出来事が起こっています。

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※マギー・ハイド著、鏡リュウジ訳『ユングと占星術』(青土社刊)の図を元に作成。

ユングの歴史と星を巡る議論で最も重要なことは、魚座が「二匹の魚」から成り立っていること。最初の魚は上向きに、二匹目の魚は水平方向に、星空で泳いでいます。ユングによれば「上向き」の魚は天、つまり神に向かう人々の動きを表します。春分点が一匹目の魚を通過する時代、つまり古代~中世までは、人々の心は神や霊に向かっていました。しかし「水平」の二匹目の魚の時代になると、人々は世俗的で物質的な価値観を重視するようになります。科学と理性の時代、近世の始まりです。その繋ぎ目の時代の裂け目には、多くの異端運動が立ち現れ、宗教上の分裂も起こりました。

この二匹の魚の矛盾と葛藤、つまり霊的・精神的な世界と物質主義的・科学的な価値観の葛藤は、いまなお続いています。「スピリチュアル」に傾倒しすぎることは、ヘタをしたら冷静な判断を失う危険すらあります。しかし、目に見えないものを信じられないのも虚しいし、生きがいを見つけにくい。僕たちは二匹の魚を同時に泳がせることができる、新しい器を求めなければいけないのかもしれませんね。

まだまだ先ですが、春分点はやがて次の星座である水瓶座へと移動します(諸説あるが、ロバート・ハンドの説では2813年と考えられている)。この「みずがめ」が、対立する二匹の魚を仲よく泳がせることができる「器」になれば、きっと僕たちはもっと豊かに生きることができるようになるのかもしれません。

鏡リュウジ
占星術研究家、翻訳家。国際基督教大学卒。日本で占星術に心理学的側面からアプローチした先駆者。『ユングと占星術』(青土社刊)、『占星術の教科書』シリーズ(原書房刊)、『星占いを“使う” 本』(説話社刊)など著書多数。ウェブサイトmadameFIGARO.jp では「鏡リュウジのルノルマンカード占い」を絶賛連載中。https://ryuji.tv

*「フィガロジャポン」2021年8月号より抜粋

text: Ryuji Kagami illustration: Inemouse

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