子どもに何を求めている? 親が子を潰さないための心得。

Culture 2021.08.03

子どもの進路を綿密に練り上げ、子どもがその通りの道を歩むべく奔走する親たちがいる。心理学者のアリンヌ・ナティヴェル・イド・アムーがこの現象を分析し、子どもに負荷をかけすぎないヒントを提供する。

210802-future-01.jpg

親が子どもの将来を先取りするのは避けられないことだが、子どもにとって重荷になることもある。photo: Getty Images

ダフネは8歳半、5歳半、2歳になる3人の子どもたちに大きな期待を抱いている。まずは子どもたちの将来について。パリに住む41歳の彼女は、3人のうちひとりは医者か、そうでなくとも、いずれにせよ社会的評価の高い「高尚な仕事」に就いてほしいという。それから性格に関しては、インテリタイプが彼女の希望だ。「15歳になったら浜辺でゾラを読むような子になってほしい。文学的教養を身につけ、哲学の知識を持ち、食卓で真面目な議論ができる子になってほしい」と彼女は話す。「私自身はいまの子どもたちの年齢の頃、その点かなり能天気だったと思うから」

いちばんの問題はまさにそこにある。親が子どもの将来を決めたがるのは、子どもに自分が持っていないもの、あるいは持てなかったものを与えたいからだ。「大人になって、自分がやり損なったあらゆることについて考えた。もっと数学を一生懸命勉強していたら何ができただろうか、とか。だから自分の子どもたちには学業で失敗させたくない」

そのために彼女は着々と計画を実行している。上の子どもたちを名門校に入学させ、週末には本を買い、美術館に連れていって作品を詳しく解説する。それでも最終的に、彼女がこんなに望んでいる道を子どもたちが選ばなかったら?「自分の反応が怖いです。子どもたちに思い直してもらうためにあらゆる手を尽くしてしまうのではないかと心配」。

『子どもたちの精神的負荷』(1)の著者である臨床心理士のアリンヌ・ナティヴェル・イド・アムーのもとには、こうした親たちが頻繁に訪れる。なかにはものごとが思い通りにならないことをなかなか受け入れられない親もいる。親が子どもの将来を先取りするのは「避けようがない」と言う臨床心理士が、この現象が親子関係にもたらす影響について分析する。

---fadeinpager---

――「親がレールを敷く」とはどういうことでしょうか?

片方の親あるいは両親の、子どもに対する要望や期待です。親は子どもに自分を投影し、子どもの将来を様々な角度から想像し、想定します。進学先、身体的特徴、あるいは気質や性格的特徴まで、子どもの人生のあらゆる面に関して、こうであってほしいという希望を持っています。あまり内気であってほしくない、友だちを作ってほしい、といったように。こうした親の態度は否定的に捉えられがちですが、親が子どもに思いを託すことは、親になるプロセスや親子関係において重要な基礎を成しています。

――というと?

親が子どもの将来を思い描くのは、子どもに対してエネルギーや関心を向けている証拠です。別の言い方をすると「私は子どもの将来が気がかりだ」ということです。これは避けられません。親になれば、誰でも子どもの未来に思いを馳せるもの。たとえ独身でも、親になりたいと思ったときから、これはすでに始まっています。自分自身との類似や共通点を求めるのです。マイナスの影響が出てくるのは、そうした思いが過剰になったときです。子どもだけでなく、親自身にもプレッシャーになってしまいます。

---fadeinpager---

――子どもの将来像を完璧に描いている親もいます。親の値打ちは子どもで決まるのでしょうか?

まさに親子関係は鏡のようなものです。自分の子どもの成功は、自分の親としての能力を映し出しているというわけです。親にとっては、それがそのまま自分自身の認知的・知的レベルの指標となります。「人はあなたの存在を通して親である私を見ている」ということです。ですから、子どもが内向的な場合、周りの人たちはどう考えるか、と思う。学習障害は子どもの不完全な部分を反映しているのだ、と。ただ、親にとっての成功の概念と子どもにとってのそれは違うことに注意しましょう。この時期の親子のものの見方には、ずれがあります。6歳の子どもにとっての成功は、恐竜の絵を仕上げられたかどうかであり、恐竜の外形的特徴を正確に知っているかどうかではありません…。

――赤ちゃんは親にとって自分の歴史の一部を修復する可能性である、とフロイトは捉えています。親が子どもの将来にレールを敷くとはどういうことでしょうか?やはり修復したい、埋め合わせをしたいという思いがあるのでしょうか?

人は親になると、自分自身のそれまでの人生を振り返ります。「私はこういう人生を送ってきた、子どもにはこうした経験をさせたくない」と。場合によっては、たしかに修復という概念で説明がつくこともあります。「子どもの頃、私には行きたい学校があったけれど行けなかった、やりたいことがあったけれどできなかった。だから私が手に入れられなかった人生をあなたが送れるように、すべてを与える」。

この場合、子どもは本来自分には関係のない重荷を負わされることになります。自分の親の人生を修復し、親を落胆させてはならないという義務を負わされるのです。子どもの成長に伴って、これは重圧となることもあります。子どもだけでなく、親にとってもです。親は自分が子どもに重荷を負わせていたことに気づくと、強い罪悪感を持ちます。また、より一般的な別のケースでは、「修復」ではなく社会的地位を維持することが問題になります。この場合のプレッシャーは世代を超えるものです。これはたとえば医者や弁護士の家系に見られます。そしてここ4~5年は、将来を心配するあまりに、子どもに過度の期待をかける親も現れています。

――というと?

将来に対する信頼の低下や危惧、家庭の状況に関連した経済的恐怖、社会的状況やコロナ禍への不安は、社会階層にかかわらず、あらゆる家庭において見られます。「自分の子どもは10年後どんな世界に生きているのだろう?」と不安を抱く親もいます。最近は子どもたちもお金の重要性を認識するようになってきています。子どもたちはいまや「医者になりたい」ではなく、「外科医になりたい」とか「トレーダーか銀行員になりたい」と言います。学業での成功と社会的な成功が相関関係にあるため、小学校に入学したばかりの子どもに早くもプレッシャーをかける親もいます。彼らは成功と幸福を混同しているのです。

---fadeinpager---

――親は自分の希望を子どもに言葉で伝えるものですか?それとも口にせずとも、子どもが感じるのですか?

私が診察している小・中学生の子どもたちに関していうと、大部分の親が明確に自分の希望を表明しており、子どもをその道へ進ませるために出来るかぎりのことをしています。成績に関することだけではなく、親からこんなスポーツをしなさいとか、市民団体でボランティア活動をしなさいと言われ、しかたなくしているティーンもいます。たとえば、花屋さんになりたいと言う子どもに、「あなたにはたくさんの可能性と能力がある。でもそれを活かしきれていない。あなたが能力を発揮できるように私が手伝ってあげる」と答える親もいます。そんなことを言われたら子どもは自信をなくしてしまいます。またよくあるのが、「そうね、でも」というひと言。「メイクアップアーティストかヘアデザイナーになりたいのね。そうね、でも、高校卒業資格試験はパスして、大学には行ってね」。

――親から過剰な期待をされることで、子どもにはどんな影響が及ぶのでしょう?

大人を喜ばせるために子どもは自分自身を調整します。望んでいない課外活動をし、家族代々の社会的職業的な道を受け入れたとしても、子どもは不安感を抱えてしまいます。親の愛を失うという恐怖が常にあるからです。親子の信頼感が失われたり、親子関係が損なわれる可能性があります。子どもにとっては、自己評価が低くなったり、挫折感に苛まれたり、人間関係に支障が出てくる場合もあります。精神的弊害も忘れてはなりません。脳に相当疲れが溜まっている子どもたちもいます。そうした子どもたちには、重度の退行現象が見られることもあります。すでに習得した能力さえ失ってしまう。もう耐えきれないといったように。極端な場合には、全般性不安障害や抑うつ障害を発症するケースもあります。子どもが親の期待に沿うよう努力してもうまくいかない場合、一種の無力感が生じます。

---fadeinpager---

――大人にはどんな影響がありますか?

子どもに多大な期待をしている親は、過剰な精神的負荷を抱えたり、場合によっては疲れ果ててしまうこともあります。両親の一方が過度に子どもにエネルギーを注いでいるカップルでは、意見の相違から諍いになりやすく、夫婦関係がうまくいかなくなることもあります。子育てや生活の上でのパートナーの存在が「忘れられて」しまうこともあります。

――子どもを「潰す」ことがないよう、親たちにどんなアドバイスをしたらいいでしょうか?

まず自分たちの思い通りに行かないこともあるということを認めるのが大切です。親は励ましと押し付けの境界線を見極めなければなりません。ときには継承欲が強く出てしまう場合もあります。確かに、クラシック音楽が好きな人が子どもと一緒に音楽を聴くのは構いません。でも、もし子どもがピアノを習うのを望まない場合は、子どもの気持ちを尊重しなくては。「いつか好きになる」と言う親もいるでしょう。実際にそうなる場合もあります。ですが、子どもは好きなことと嫌いなことをわりとすぐに判別できるという事実を私たちは忘れがちです。子どもの視点は自己中心的で、その生活の基礎にあるのは自分自身の感情です。

また、子どもを作ったのは私たちでも、子どもは私たちの所有物ではないということを肝に銘じるのも重要です。「子どもにとって何がいいことか、自分はわかっている」と主張する親もいますが、どうやったらわかるのでしょう?必要と欲求を混同しているのです。子どもの一次的欲求を満たすことは親の責任ですが、親は子どもがやりたいことを自分で見つけられるように見守るべきです。家族の幸福のために、親としての自分を自己評価してみるのも有意義です。親としての自分自身をどう感じるか?自分は子どもに何を求めているのか?子どもに対して客観的な視線を持つために、子育てのパートナーとこうした自己評価を共有しましょう。過剰にプレッシャーをかけていないかどうか判断するためにも、子どもの課外活動を見つめ直すのもいいでしょう。

(1)『Le charge mentale des enfants』Larousse刊 14.95ユーロ

text: Ophélie Ostermann(madame.lefigaro.fr)

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

Recommended

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories