Pola Museum of Art 孤高と対話する愛おしき時間、ロニ・ホーンの世界へ。

Culture 2021.10.08

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アメリカの現代美術を代表する孤高のアーティスト、ロニ・ホーンの日本の美術館で初となる個展がポーラ美術館で開催されている。本誌9月号のメールインタビューと来日した作家との対話を経て、観賞後に去来した所感を綴る。

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会場エントランス。
『水による疑い(どのように)』(部分)2003-2004年 12点のピグメント・プリント(6組)、メッキされたアルミニウムの支柱、アクリルのグレージング Courtesy of the artist and Hauser & Wirth Photo: Koroda Takeru  © Roni Horn

 

待望のロニ・ホーンの個展は、展示された作品すべてが視覚化された詩そのものだった。詩的な表現というだけではない。それぞれの展示室に独特のリズムが与えられ、会場をそぞろ歩く足取りや視線の動きさえ、生き生きと清々しく感じられる。そんな新鮮な身体感覚を覚える展覧会はそう多くない。

1980年代より出身地ニューヨークを拠点に活動してきたロニ・ホーンは、現代美術においてもっとも重要なアーティストのひとりだ。写真、彫刻、ドローイング、 本など多岐にわたるホーンの作品の形式はいずれも潔く削ぎ落とされ、きわめてコンセプチュアルでありながら、凛とした美しさをたたえている。
ホーンの作品の多くは自然と密接に結びついており、なかでも多くの作品の主題やモチーフとされているのが本展のテーマにもなった「水」である。 

たとえば、彼女の代表作であるガラスの彫刻は、一見透き通った水で満たされた器のようだが、実際は数百キログラムもの重量を持つ、鋳造された無垢のガラスだ。2019年にヴェネツィアの美術館、プンタ・デラ・ドガーナで観たこのシリーズはブルーを基調としたもので、おのずと島を取り囲む海の水と同調するリズムを感じさせた。いっぽう箱根の森の美術館では、滴るようなシトラスイエローや、木陰を思わせる黒が選ばれた。展示室の開口部からのぞく森の樹々と呼応しあう設えは、地中から渾々と湧く岩清水を連想させ、ことのほか瑞々しい。

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悠久の時を経て生成されてきた極地の氷河を思わせるガラスの彫刻群。液体の透明感と固体の重量感がパラドキシカルに共存する。
『無題(「実際には、巧みな恩恵がある。」)』2018-2020年 鋳放しの鋳造ガラス Courtesy of the artist and Hauser & Wirth Photo: Koroda Takeru © Roni Horn

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本展にはこのほかにも、多様性、受容性、変化や循環といった「水」の性質を想起させるいくつもの作品が展示されている。「水」というテーマに繰り返し引き寄せられ、そのたびに「初めて出会うかのように新しい発見があった」というホーンが、水についてもっとも多くのことを教えられたのはアイスランドへの旅だという。

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無造作に床に広げられた金箔もまた煌めく水面を思わせ、エミリ・ディキンスンの手紙から引用され解体された言葉の彫刻と呼応しあう。
『エミリのブーケ』(部分)2006-2007年 アルミニウム、成型した白いプラスティック、6本組 Courtesy of the artist and Hauser & Wirth  © Roni Horn
『ゴールド・フィールド』1980/1994年 焼鈍した純度99.99%の金箔 Courtesy of the artist and Hauser & Wirth  Photo: Koroda Takeru  © Roni Horn

 

ロニ・ホーンが1975年より今日まで、人里離れた辺境の風景を求めてアイスランドの島一帯をくまなく旅してきたことはよく知られている。当地の自然と風土は常に彼女のクリエイションに刺激を与えてきた。
だがそれ以上に興味深いのは、この旅のなかで経験した「孤独」こそがホーンの作品性に大きな影響をもたらしたということだ。今回個展を前に本誌でホーンにメールインタビューをした際、何よりも聞きたかったのは、荒涼としたアイスランドの自然のなかで、長年にわたり「孤独」と向き合ってきた彼女の姿勢の保ち方だった。

「孤独(solitude)というか、正確には、独りでいること(being alone)が私の性分に合っています。1970年代に初めてアイスランドを訪れた時から、独りでいられることがこの島の魅力のひとつです。孤独は楽しいものだし、間違いなく(創作に)集中しやすい環境を作ってくれます」とホーンは答えてくれた。

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野生の鴨の羽毛を採集する夫妻を中心に7年にわたり撮影された。動物の剥製や彼らの日課であるアメリカのドラマなど、循環し繰り返される出来事の集積から円周率と題された。
『円周率』(部分)1997/2004年 45点のピグメント・プリント Courtesy of the artist and Hauser & Wirth  Photo: Koroda Takeru © Roni Horn

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ロンドン中心部を流れるテムズ川を捉えた写真の連作。よく見ると多様に変化する水面にびっしりとホーン自身の言葉や詩の断片が書き込まれている。
『静かな水(テムズ川、例として)』(部分)1999年 15点の写真と文字のオフセット・リトグラフィー/非塗工紙Courtesy of the artist and Hauser & Wirth  Photo: Koroda Takeru  © Roni Horn

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コロナ禍の移動困難な状況にも関わらず、ホーンは本展の準備のため来日した。予想外のサプライズだったが、最果ての地に飄々と単身で旅する彼女にとっては当たり前のフットワークの軽さともいえる。プレビューで話す機会があり、「孤立」とは違う、シンプルに「独り」でいることの愛すべき心地よさについて同意を伝えると、ホーンは我が意を得たりといったように耳打ちした。「実のところ世の中、人間が多すぎるよね」

とはいえ、ホーンは人嫌いの隠遁者というわけではない。アイスランドの滞在では、地域一帯の人口は少ないが、呑み交わし会話を楽しむ友人たちに囲まれ、怖さや不安はないそうだ。いっぽうでニューヨークに拠点を置き続けているのは、都市のシステムが自分に合っているからだという。

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日本では初の展示となるドローイング。「これほど多くのドローイングを集大成したのも久しぶりかもしれない」とホーンは語る。
『または 7』2013/2015年 粉末顔料、黒鉛、木炭、色鉛筆、ワニス/紙 グレンストーン美術館(ポトマック、アメリカ) Photo: Koroda Takeru  © Roni Horn

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断片的な言葉を切り貼りしたコラージュ的手法。ときにユーモアと意外性に富んだ鮮烈な詩が生まれる。
『犬のコーラス—地球の果てまで滑り出せ』(部分)2016年 水彩、ペン、インク、アラビアゴム/水彩画用紙、セロハンテープ Courtesy of the artist and Hauser & Wirth  Photo: Koroda Takeru  © Roni Horn

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アイスランド中の温泉地を巡りながら、気候や水温によって水の中で微妙に変化する1人の女性の表情を撮影した100点ものポートレート。
『あなたは天気 パート2』(部分)2010-2011年 64点のCプリント、36点の白黒印刷、PVCボードにマウント Courtesy of the artist and Hauser & Wirth  Photo: Koroda Takeru  © Roni Horn

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本展ではもうひとつ、鋳造ガラスの彫刻が屋外に展示されているから忘れずに散策してほしい。美術館を出て、森へ分け入る散歩道を進むと、かすかにフルートの音色が聴こえる。スコットランドの作家スーザン・フィリップスによるサウンドインスタレーションである。運がよければひとりきりでその響きと鳥の声を満喫しながら歩いていくと、茂みの奥に乳白色のオブジェが見えてくる。それがホーンの『鳥葬(箱根、日本)』だ。まるで雨水と朝露にゆたかに満たされたかのような白い棺は、この世に生まれ死を迎える、すべての独りの人間のために誂えられたものだと確信する。

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1990年代より制作される鋳造ガラスの彫刻。環境に同化するように設置され、やがて壊れゆく。タイトルは山頂に遺体を晒すチベットの葬儀に由来する。
『鳥葬(箱根、日本)』2017-2018年 鋳放しの鋳造ガラス ポーラ美術館Photo: Koroda Takeru © Roni Horn

 

ロニ・ホーンの愛する「孤独」の正体とは、透明な水を静かにたたえた「内省(Reflection)」のための水鏡である。その詩的な作品世界との対話は、静かに自身と向き合い、拠点とは、社会とは、自我とは何かを思考する時間を与えてくれた。高度に都市化された社会には孤立感を募らせる人々が増えるといわれ、特にいまコロナ禍の状況で、多くの人が不安や怖れを抱えている。独居に限らず家族と同居していても、孤独はいつも傍にある。誰もが「孤独の当事者」だからこそ、理解し共感しあうこともできるのだ。

ロニ・ホーン
1955年生まれ、ニューヨーク在住。同地を拠点に活動。近年の主な個展にテートモダン(09年)、ホイットニー美術館(09-10年)、バイエラー財団(16/20年)、グレンストーン美術館(21年)等がある。
『ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?』
会期:開催中~2022/3/30
ポーラ美術館(神奈川・箱根)
営)9:00~17:00(入館は16:30まで)
無休
料)一般¥1,800


●問い合わせ先:
ポーラ美術館
tel:0460-84-2111

公式サイトはこちら

 

text: Chie Sumiyoshi

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