没後20年を迎えた映画監督・相米慎二。再注目すべき相米映画のヒロイン列伝!

Culture 2021.10.22

去る9月9日に没後20年を迎えた相米慎二監督。長い間、作品のソフト化が限定され、全13作にアクセスするのが難しい時もあったが、2021年秋は没後20周年「作家主義 相米慎二」特集上映(A People主催)が、現在、全国各地で順次開催中。斉藤由貴の映画デビュー作『雪の断章―情熱―』(1985年)や、牧瀬里穂の映画デビュー作『東京上空いらっしゃいませ』(90年)が初ブルーレイ化され、『光る女』(87年)以外はすべてソフト化となった。
これを機に、初めて相米映画に出会う若い世代が増えていて、SNS上でも新鮮な感想を目にする機会が増えてきた。

演技の才能を、現在の名女優たちに授けた。

今年の11月に開催される台湾の金馬奨では、没後20周年を記念した相米慎二特集が組まれ、7作品が上映予定。公式HPの解説では、台湾を代表する侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督による『台風クラブ』への賛辞「これぞ映画である」という言葉が紹介された。
興味深いのは金馬奨のHPを飾る3人の女優の顔だ。『セーラー服と機関銃』の薬師丸ひろ子、『台風クラブ』の工藤夕貴、『お引越し』の田畑智子。3人とも口角をキュと引き締め、鋭い眼差しに、毅然とした顔をしている。
それまで演技経験のない10代の俳優を起用したアイドル映画を多く手がけたことで知られる相米監督だが、彼の映画の少女たちの造形は、アイドル映画に求められがちな少女の可憐さや儚さといった要素は皆無。それは70年代のアイドル映画の貌だった山口百恵が少女期の受難や、悲運に揉まれる中で見せた健気な少女像や、大林宜彦監督が戦争時代の記憶を結晶化した、永遠なる少女像ともまったく違う。相米映画のヒロインたちは大人と対等に口をきき、大人の欺瞞に鋭く切り込み、時に、大人よりもずっと硬質で、強かったりする。加えて、相米監督が発掘した俳優たちはその後、日本のエンタメ界の中軸を担い、いまだに最前線で活躍している。
命日に合わせて発行された『相米慎二 最低な日々』(A People刊)、『相米慎二という未来』(東京ニュース通信社刊)の2冊から80年代の代表作から5作品をピックアップ、相米慎二映画の女優論を紐解く入門編として、ここに解説したい。

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少女×制服の掛け合わせのパワーを顕在化した『セーラー服と機関銃』

相米慎二は監督デビュー作『翔んだカップル』で初の主演として薬師丸ひろ子を抜擢する。続けて相米監督は『セーラー服と機関銃』で再び、薬師丸ひろ子を主役の星泉役に選ぶ。普通の女子高生が遠縁の弱小ヤクザの組長の跡目に請われて就任するという破天荒な物語。東映の任侠ものに数多く出演してきた渡瀬恒彦が、撮影初日、ヤクザの事務所のセットを見て「リアリティがない」と抗議したというのは有名な話。それに対して、相米監督の意を受け、美術の横尾嘉和が「そもそも目高(メダカ)組なんてヤクザがあると思いますか?」と投げかけ、そこからファンタジーである意思統一が出来上がったという。最初は組長ゴッコのような無邪気な星泉も、大人たちの容赦ない組潰しで覚醒し、笑顔を封印し、凄みのある睨みを利かせるキャラクターへと変貌。
相米監督はカットをなかなかかけない長回しで知られるが、『相米慎二 最低な日々』において、薬師丸ひろ子の「種から破裂する瞬間」が魅力的で、それがワンシーン長回しで撮るという方法に「なっちゃった」と語っている。この作品の大ヒットはアイドル映画の潮流そのものを完全に変えてしまったが、制服姿の女子高生のパワーを過信した映画を乱立させた点でもその功罪は大きい。

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『セーラー服と機関銃』11/19(金)よりテアトル新宿ほか順次開催の「角川映画祭」で上映 ©KADOKAWA1981

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LGBTQを先駆ける『ションベン・ライダー』の河合美智子。

オーディションで選ばれた永瀬正敏、河合美智子の映画デビュー作という点でも貴重だが、特に河合が演じるブルースの造形が日本映画界においては画期的である作品でもある。彼女が演じたのはブルース・リー並みの戦闘能力を持ち、飛び蹴りが得意なブルース。永瀬正敏演じるジョジョ、坂上忍演じる辞書との3人組で常に動いていて、『相米慎二 最低な日々』では相米監督は「男か女かわかんない」とブルースについて告白している。生まれ持った身体性は女性、性自認はおそらく男性というブルースのキャラクターは83年の公開当時、まだLGBTQという言葉も概念もなかった時代において先駆けたもので、ジョジョも辞書も何の違和感なくブルースの在りようを受け入れ、フラットに付き合っているのがいま見ても新鮮でもある。そんなブルースが、初潮を迎え、自身の身体の女性性と向き合わざるを得ず、混乱して熱海の海の中に入っていく描写がある。その変化の瞬間に立ち会い、何も言わず、じっと寄り添うのが辞書で、そのさり気ない様子も印象に残る。

自分たちを苛めていた同級生がヤクザに誘拐され、取り戻しに行くという冒険劇であるため、その後、ブルースの性自認についての心模様が作品内で回収されないのは残念だが、ブルースのキャラクターはマニッシュな河合美智子の魅力と結びつき、日本映画史に貴重な足跡を残している。

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『ションベン・ライダー』●DVD¥4,180 発売:中央映画貿易/オデッサ・エンタテインメント 販売:オデッサ・エンタテインメント ©1983 キティフィルム

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早世した夏目雅子のアドリブ力がさく裂したラストシーンが活きる 『魚影の群れ』

吉村昭の同名小説の映画化で、夏目雅子が演じるのは青森県、大間で教師をするトキ子。母が去った後、マグロ漁の漁師である父(緒形拳)の面倒に明け暮れ、その距離感が妻と夫のものと見間違えるくらい近く、観る者の心をざわつかせる。トキ子は都会で喫茶店を経営する青年、俊一と恋仲になるが、父は結婚も、俊一が漁師になるのも反対する。
夏目雅子が演じるトキ子は俊一への感情をまるで大間の土地の人々全員に聞こえるかのようにオープンにし、声を張り上げる。俊一が本物の漁師になるために焦れるのも、俊一よりも、むしろトキ子の心の中に燻る、父の多くの時間と意識を独占するマグロへの対抗心が駆り立てるように見えてくる。そのトキ子がラストシーン、漁師とは何ぞや、という自問自答の果てに出す言葉は、夏目雅子が脚本を飛び越え、咄嗟に彼女がアドリブで発露したもの。俊一を演じた佐藤浩市は『相米慎二という未来』の中で、「あれは脚本を超えたでしょう。女優さんの反発力って半端じゃないな」と述懐している。

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『魚影の群れ』●DVD¥3,080 Blu-ray¥3,630 発売・販売元:松竹 ©1983松竹株式会社

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眼差しを受けることに徹底抗戦した斉藤由貴 『雪の断章―情熱―』

相米慎二という映画監督は、これが初デビューという俳優を演出した機会が同世代の監督においても抜きんで多く、なおかつ、みな、それぞれ、現在も一線で活躍しているなど、日本映画の中軸を担う人材として育っているのも特筆すべきことだ。ここ数年、是枝裕和監督の『三度目の殺人』(2017年)での恐ろしい業と貌を隠し持つ母親、夫の死を経て、初めて子どもたちに隠していたなれそめについて語る母親役の『最初の晩餐』(19年)、国際コンクールで、新しい才能の誕生を見つめる厳しいピアノ教師役の『遠雷と蜂蜜』(19年)など、幅広いキャラクターを演じている斉藤。『雪の断章―情熱―』は彼女の初々しい時期を切り取った作品であると同時に、幼少期、若い男性ふたりに身柄を助けられ、育てられた孤児の少女が成長するにつれ、そのふたりから異性として意識され、結婚相手や恋人の対象として見られるという「源氏物語」における紫の上のような物語だ。斉藤由貴が撮影現場で相米監督の厳しいダメだしに対して、猛然と立ち向かったことから、単に受け身で愛される少女像にはならなかった、いい意味での変な映画。『相米慎二という未来』において斉藤由貴は、「榎木(孝明)さんや世良(公則)さんと恋愛をする感じだとか、彼らから女として見られているということよりも、相米さんからどんなふうに見られるか、そこだけに集中してしまった」と回想していて、カメラの向こうの相米慎二に向けた、「私を安易に恋愛の対象として見るな」という媚びない眼差しが、カメラを通してストレートに観客に向けられ、痺れる。

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『雪の断章―情熱―』●DVD¥2,750 Blu-ray¥5,170 発売・販売元:東宝 ©1985 TOHO CO.,LTD.

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台風の夜、思春期の衝動性を祝祭する『台風クラブ』

撮影所システムが瓦解した1980年代、気鋭の映画監督たちが、監督主導での映画作りを宣言し、実践を試みたディレクターズ・カンパニーが公募した、当時、現役の東京藝術大学生だった加藤祐司によるシナリオを映画化したもの。当初、黒沢清監督もこの脚本を読んで映画化を希望していたという。とある地方都市の中学校で、台風がやってくる前後の数日間を描いたもの。その前夜、夜の学校のプールで、こっそり忍び込んでいた生徒が溺れかける事件があり、冒頭から不穏な空気が充満。生徒たちはしばし、学校でラジカセを大音量で鳴らし、プールサイドで、或いは演劇部の部室で、そして台風の夜、学校の講堂で踊りたいという衝動に身を任せ、リズムと共振し、我を忘れて身体を揺らす。この映画における学校の場は、制服を脱いで、ネイキッドな性衝動を出力できる、一種、魂の解放区として機能していて、そこに台風という大人の社会が機能停止する問答無用なエネルギーの塊が注ぎこまれることで、祝祭のボルテージが一気に高まる。ボーイフレンドが高校進学を機に、この小さな地方都市から出ていくことを知り、先んじて台風の夜に東京に出て彷徨ってしまう工藤夕貴が体現する無邪気な好奇心や無鉄砲さもさることながら、同級生から言語化できない暴力的な恋情を身に受け、その衝動が収まるまで一時的に恐怖的な体験をする大西結花の表現する女子学生の受難など、思春期の持つ荒々しさが生々しくフィルムに刻印されている。『相米慎二という未来』の中で、稲垣瑞生は『台風クラブ』について、「あの時間、あれが真実だ」と語っている。

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『台風クラブ』●DVD¥4,180 発売:中央映画貿易/オデッサ・エンタテインメント 販売:オデッサ・エンタテインメント ©ディレクターズカンパニー

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これを機に、相米映画に触れてみてはいかがだろう。

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A People刊 ¥2,750

『相米慎二 最低な日々』 
2001年9月9日に逝去した相米慎二監督が1994~95年、月刊誌で連載していた幻のエッセイと、次作についてのインタビューを出版化したもの。あとがきは『ションベン・ライダー』(83年)のオーディションで発掘され、この作品が映画デビューをした永瀬正敏が担当し、映画監督と俳優の関係性をはるかに超えたというプライベートでの関係性を語っている。

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東京ニュース通信社刊 ¥2,750

『相米慎二という未来』
三浦友和、佐藤浩市、河合美智子、斉藤由貴、大西結花、牧瀬里穂、浅野忠信、小泉今日子といった相米組の俳優、スタッフが未来に伝えるべき相米イズムについて語ったインタビュー集。

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没後20周年「作家主義 相米慎二」 特集上映が全国にて開催中!

 
■10月22日(金)~11月4日(木)  アップリンク京都にて
『台風クラブ』『ションベン・ライダー』
https://kyoto.uplink.co.jp

■11月6日(土)~11/19(金)  長野県・上田映劇にて
『台風クラブ』『ションベン・ライダー』『風花』
www.uedaeigeki.com/
https://apeople.world/sohmaishinji/

■11月13日(土)~11月19日(金) 名古屋シネマテークにて
『台風クラブ』『風花』『ションベン・ライダー』
http://cineaste.jp/

■12月4日(土)~12月10日(金) 大阪 シネ・ヌーヴォにて
『台風クラブ』『ションベン・ライダー』『風花』
http://www.cinenouveau.com/

■台北金馬映画祭
11月11日から開催される台北金馬映画祭で相米慎二監督の代表作7本を特集上映
https://www.goldenhorse.org.tw

■角川映画祭
11月19日(土)から始まる映画祭では、『セーラー服を機関銃』を上映。
https://cinemakadokawa.jp/kadokawa-45/

text: Yuka Kimbara

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