紅白歌合戦でMISIAが聴きたくなる理由。
Culture 2021.12.03
文/茜灯里(作家・科学ジャーナリスト)
琴線に触れる音楽にはどんな秘密があるのか? なぜ緊急地震速報にビクリとするのか? 人の生活と音の関係に科学で迫る。
虹色の衣装で登場し、国歌斉唱するMISIA。2021年7月23日、東京五輪開会式。photo: USA TODAY USPW via REUTERS
年末の風物詩であるNHK「紅白歌合戦」の出場歌手が、11月19日に発表された。
紅組には東京五輪で国歌斉唱したMISIA、中高生に大人気のガールズグループNiziUら22組、白組には動画サイトで人気が爆発した「歌い手」のまふまふ、演歌だけでなくポップス歌唱やライフスタイルも話題の氷川きよしら21組がラインナップされている。松平健が選ばれた特別枠での出場歌手は、今後も増える可能性がある。
ポピュラー音楽は「時代を映す鏡」と言われてきた。近年、その言葉を裏付けする研究がアメリカと日本で行われている。
米ローレンス工科大学のカスリーン・ネイピア氏とリオール・シャミール氏は、1951年から2016年の間に米シングル人気チャート「ビルボード・ホット100」にランキングされた6000曲以上の歌詞の「感情」をAI分析した。
それぞれの曲の歌詞に含まれる怒り・恐れ・嫌悪・喜び・悲しみを示す言葉を0〜1のスコアで数値化すると、「怒り・恐れ・嫌悪・悲しみ」のスコアは65年間で年々増えてきているのに、「喜び」は徐々に減ってきているという結果に。
さらに、1960年代後半から70年代初頭にかけて市民運動が活発化していた時期は怒りや嫌悪のスコアが高く、1989年の冷戦終結宣言の前後は「恐れ」スコアが急減したという現象も見られた。
日本では、2017年に株式会社シンクパワーと産業技術総合研究所が歌詞のトピックを可視化するツール「Lyric Jumper(リリック・ジャンパー)」を開発して、誰でも使えるように無料公開した。
このツールを使うと、あるアーティストの傾向が「自分探し」「大人の恋愛(男性編)」「言葉遊び」など20個のトピックに添って円グラフで表示される。1曲ずつでも見られるし、各トピックの代表的なアーティスト名を知ることもできる。
たとえば、星野源ならば「センチメンタル」「青春」「自分探し」に関連する歌詞が多く、同じ傾向を持つアーティストは森山直太朗やレミオロメンだ、という具合だ。
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リラクゼーション効果をもたらす1/fゆらぎ。
音楽と科学を結びつけるキーワードでは、「1/fゆらぎ」が最もよく聞く言葉だろう。
そもそも「ゆらぎ」とは、部分的な不規則性のこと。自然界で規則的だと思われるもの、たとえば天体の軌道運動などにもゆらぎは存在している。太陽の周りを公転する地球は、毎年、全く同じ軌道を周回するわけではない。
ある事象でゆらぎが大きすぎると、人は次に何が起こるかが予想できなくなり、不安に感じる。いっぽう、ゆらぎが小さすぎると、人は単調で変化がないと感じるようになり、つまらないと感じてしまう。
ゆらぎには何種類もあり、1/fゆらぎはパワー(周波数密度)が周波数fに反比例するようなゆらぎだ。
現在では、生物の神経細胞が発射する電気信号の間隔が1/fゆらぎをしていることが分かっている。さらに、人の生体リズムにも1/fゆらぎが存在すること、外部から五感に訴えられた時に1/fゆらぎが快適と感じることも判明している。たとえば、小川のせせらぎ、そよ風、蛍の発光、ろうそくの炎の揺れなどは1/fゆらぎをしていて、体感すると心地よく感じると言われている。
日本の1/fゆらぎ研究の第一人者である武者利光・東京工業大学名誉教授は、「自然界の1/fゆらぎ音を聞くと、脳内がα波の状態になり、リラクゼーション効果をもたらす」と説明する。以前から「聴くと癒やし効果がある」と言われていたモーツァルトの室内楽『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』を分析すると、1/fゆらぎをしていることも検証された。
最近は「1/fゆらぎの声の持ち主」も話題になっています。紅白歌合戦に関連のあるアーティストでは、美空ひばり、MISIA、宇多田ヒカル、徳永英明、平井堅、Official髭男dismのボーカル・藤原聡らの歌声が1/fゆらぎをしていると分析されている。
癒やしに関する音の要素として、ヒーリング音楽では「528ヘルツ」が強調されていることもある。一部の生物学者や音楽療法は「528ヘルツはDNAを修復する」と主張。断言するには、さらなる科学研究と再現性の確認を待たなければならないだろう。
もっとも、528ヘルツはグレゴリオ聖歌で使われる音階に現れる周波数で、長年に渡って人々の癒やしの記憶と結びついた音階と言えるのかもしれない。
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緊急事態速報チャイムの条件とは。
癒やしや気分をよくするために聴くのが音楽だが、「人を緊迫させる音」を追求して社会に役立てた人もいる。
今秋は緊急地震速報の発表が多発した。2021年は昨日11月22日までに9回発表されており、うち6回が9月以降だ。
NHKが使っている緊急地震速報を知らせるチャイムは、音響学や福祉工学を専門とする伊福部達・東京大学名誉教授に作成を依頼したもの。東日本大震災の第一報の前にも流れたこのチャイムは、①緊急性を感じさせるが不快感は与えない、②聴覚障がい者や高齢者などにも聞こえやすい、③すでに使われている効果音やアラーム音などに似ていないなどを考慮して作られた。
伊福部教授の叔父は、ゴジラの映画音楽などで知られる作曲家の伊福部昭氏。伊福部教授は、緊急地震速報のチャイムに「ゴジラ音楽」のフレーズを取り入れることも考えたが、「よく知られていて恐怖心を煽る面もある」と考え、昭氏の「シンフォニア・タプカーラ」の第三章冒頭部の和音を参考にした。C調に転調して、アルペジオ(和音を構成する音を低音から一音ずつ連続して鳴らす)にしたのが「ド・ミ・ソ・シ♭・レ♯」のフレーズだ。
伊福部教授は①アルペジオの速度を早くする、②「ソ・ド・ミ・シ♭・レ♯」に順番を変える、③フレーズの2度目は半音上げるなどの工夫を凝らして、実際のチャイムを作った。
心地よい音楽も人々の生活を豊かにするが、聴くとビクリとする緊急地震速報のチャイム音も命を守るツールとして私たちの生活に根ざしている。音と人の関係は深淵と言えるだろう。
【#東京オリンピック】ハイライト#オリンピック #開会式、ミュージシャンの #MISIA さんが日本国歌「君が代」を歌いました。#Tokyo2020 #gorinjphttps://t.co/oOdJnrK5cR pic.twitter.com/oNtfZffAU2
— gorin.jp (@gorinjp) July 23, 2021