「あなたが見ているものは現実ではない」スーパーモデル・エムラタが初の著書で伝えたかったモデル業界の裏側とは?
Culture 2022.01.18
いま、エミリー・ラタコウスキーと言えば彼女のぷっくりとした唇や超スレンダーな容姿ではなく、著書の『My Body(原題)』が話題だ。フランスで翻訳出版されたばかり。真実を語るフェミニストのサバイバルガイドを書いた本人にインタビュー。
2021年9月8日、プロエンザスクーラーのショーでのエミリー・ラタコウスキー。(ニューヨーク、米国)photo: Getty Images
エミリー・ラタコウスキーは神を信じない。しかし6歳の頃、眠りにつく前に「美しくなれますように」と祈っていたそうだ。少女はモデルとなり、広告キャンペーンやファッション撮影をこなし、ランジェリーブランドを立ち上げ……成功を手にした。インスタグラムでは、2800万人以上のフォロワーがそのパーフェクトなボディと顔を定期的に拝みに来る。愛称はエムラタ。『My Body』(1)という本を出版し、最近、フランスでも翻訳出版された(ル・スイユ社)。冬の夜、取材はZoomミーティングを通じて行った。パソコンの画面にこれまであちこちで見かけた美女の顔が浮かび上がった。
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――現在30歳のモデルであるあなたが、自伝のようなこの本を書こうと思いたった動機は?
最初は本を書くつもりもなくて、スマホにメモを書きためていました。暇な時間に自分の考えや体験したことを整理している感じでした。そうした作業が好きで個人的にやっていたのですが、あるとき、書いたものを読み返しているうちに"これ、出版できないかな?"とひらめいたんです。そこで、尊敬する作家の方々にメッセージを送ってご意見を伺ってみました。お返事をいただけなかったり、いつもいただけない方もいらっしゃいますが……(笑)でもアメリカのエッセイスト、アリエル・レヴィのように、励ましてくれた人もいました。
――計画を実行に移す時には怖かった? つまり、作家気取りのトップモデルに見られることに?
もちろんです! 原稿が拒絶されるかもしれないと真剣に悩んでいましたし。その場合はこれまでのように自分のために書きつづければカタルシスになるからいいわ、と考えていました。実のところ、最悪の事態を覚悟していたので!
――カタルシスと言うからには、書くことによって癒された面がある?
こうした側面は自分で発見して意識するようになりました。本を読み返して編集することで、自分の人生の重要シーンを再発見した気分でした。これまでトップモデルや女性として生きてきて、この環境で幸せに生きていくためのテクニックを身につけてきたことに気づきました。どんな状態にいようと、そこから自分を完全に分離させてしまう。写真からは自信に満ちて自己コントロールができているイメージしか伝わらない。仮に自分の調子がよくなくてもそれは表れない。ある種の否認です。編集者の女性との会話を通じてもそうした気づきがありました。あるスパはとても居心地が良かった、女性しかいなくて、「評価される」心配がなかったからという一節がありました。編集者はこの言葉にこだわり、「評価される」ということが私の根底にあることを気づかせてくれたのです。
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――例えば、カリフォルニア州コーチェラで、女の子たちに囲まれたい男たちの別荘に行った恥ずかしい体験などを語ることにためらいはあった?
率直に語ることが大事でした。これを読む人が私に対して抱くかもしれないような厳しい視線を自分に対して向けていました。初めの頃はもっと自分に厳しくて、まるで自分を罰するかのような態度でした。
――何のための罰?
カメラマンとの危ない状況に自分が陥ったこととか、注目を浴びることが好きだということに対しての罰です。そのことを恥じて自分を責める方向に行くこともできました。でも時間をかけて本を作っていくうちに、少し見方が変わってきました。自分の立場はもっと複雑で、自分の決断だけではどうにもならないパワーゲームに巻きこまれていたことに気づいたのです。その結果、自責の念は少し減りました。
――SNSにはあなたのパーフェクトな写真を投稿する一方で、この本を通じて舞台裏を見せ、「あなたが見ているものは現実ではない、もしくは現実はこれだけではない」ということを伝えたかった?
まさしくそうです。過去には自分や自分のイメージ、キャリアに関する論争に反論できず、非常にもどかしく感じる体験をしました。例えば、あるカメラマンからひどい仕打ちを受けたことを明かしたときは、ツィッターで答えたり釈明しなくてはなりませんでした。声が届かない、自分の話の根拠をきちんと伝えられないと感じていたのです。それと、若い女の子たちに、パーフェクトに見えても実際はバラが咲き乱れる道ではないことも伝えたかったこともあります。ある意味、女性はみんな運命共同体であることを伝えたかったというか。
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自分の弱さを見せる
――女性から嫌われていたということですが、女性が女性に対して厳しい目を向ける風潮はソロリティが謳われるいま、変わってきたのでは?
女性が自分の弱さを見せられるようになることで状況は良くなると思います。関係性が変わってくるでしょう。弱さを見せることで大きな変化を起こすことができると思っています! この本ではそんなことを心がけました。それと以前の自分のような女性に出会った時にすぐに判断せず、本当はどんな人なんだろうと思うように心がけています。
――息子さんのシルを出産し、この本を息子さんに捧げています。分娩中に自分の身体の変化を観察するために鏡を欲しがった話が書かれていますね。
出産時に必ず誰かが「頭が見える、頭が見える!」と言ったりするんです。妊婦自身はずっといきんでいるのに、それもかなり長かったりするのに、何も見えません。分娩室にはそのための鏡が用意されています。知り合いの女性の多くが使っています。私も何が起きているのか理解するために使いました。奇妙に感じられるかもしれませんが、米国では一般的なんですよ。
――生まれたのが男の子とわかって、女の子でなくてほっとしました?
そうですね、少しは。女の子を欲しいと思う時期もありましたけれど。その時に女の子だったらどう育てようかいろいろ考えました。いつか娘ができたら、ああしろ、こうしろとは決して言いません。その代わりに現実の世界をきちんと説明し、男女間の力関係を理解させ、できる限りの情報を与えることできれいな女性はどう振舞うべきかを学んでほしいと考えています。そして何より、美しさだけが力を得る手段ではないことを理解させたい。もっとも矛盾しているかもしれませんが、モデルになりたいと言われたら止めないでしょう。私はこの仕事のおかげで成功し、経済的な安定と自立を手に入れることができたからです。
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――お母様が美しかったこと、お母様にとってそれが重要だったことに触れています。そうでなかったらあなたも違ったふうに育ったのでしょうか。
わかりません。ただ、わかっているのは、6歳のときに「美しくなれますように」と祈っていたことです。頭が良くなりますようにとか、友達がたくさんできますようにとか、他にも祈る材料は無限にあったのに、そうではなく、美しくなることを頭の中で願っていたのです。当時の自分にとってそれが幸せになる道だったからです。
――これまで身を置いていた業界に対して一定の距離を置いて見るようになった今、モデルの仕事を続けることが難しいのでは?
いいえ、自分の仕事をコントロールする術がわかったので、気分は楽です。コントロールする一環として自分の体験を共有しています。ただ、全般的な人間関係となると、見えてしまうのに見ないふりをするのが難しいですね。例えば、友人から初デートの話を聞かされると、本人はわかっていないし知りたくないだろうけれど私としては黙っていられないような男女間の力学がすぐに見えてしまうのです。
――不都合なこともあなたにばらされたファッション界やモデル界はどんな反応でした?
何人もの写真家やデザイナーが、内部の人間がこの業界の複雑さ、自分たちも抱いていたもやもやした感情について話してくれたことを評価してくれました。でも、一番嬉しかったのは、私とは違う世界に住む若い女の子たち、私と同じような疑問やコンプレックスを抱き、厄介な状況に遭遇した可能性のある若い女性たちからメッセージをもらったことです。私が語ることを歓迎してくれたと思っています。
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――本の中で、あなたが「自分を変えたい」と言ったときにある男性から驚かれた体験が書かれていますが、本当にそうだったのですか?
もちろん、これまでの人生の中で、自分の外見のあそこを変えたい、ここを変えたいと言うことはありました。自分がどう他人に見えているかではありません。自分で鏡を見ても他人が見ている自分は見えないのですから。そしてモデルをやっていると長時間自分を見て過ごします。私には自分が写っている写真の良し悪しがほとんどわかりません。女性なら誰しもが、もっと鼻が小さくて足が長かったら、あるいは逆にもっと鼻が大きくて足が短かったらと考えたりするはずです。だからこそ美容業界は巨大なビジネスなのですが。
――『My Body』のプロモーションでヨーロッパを回って帰国したばかりということですが、執筆業とモデル業のどちらの方が疲れますか?
モデル業です! 自分の本について話すほうがずっとワクワクしてやりがいがあります。カメラの前でポーズをとるよりも、自分の本について話す方が有意義です。ただひとつ難点があるとすれば、自分の声が嫌いなことでしょうか。
(1) エミリー・ラタコウスキー著『マイ・ボディ』(スイユ出版、272ページ、19ユーロ)
text: Lisa Vignoli (madame.lefigaro.fr)