やはりスピルバーグは素晴らしい! リメイク版『ウエスト・サイド』の絶妙さ。
Culture 2022.02.27
文/デーナ・スティーブンズ
『ウエスト・サイド・ストーリー』リメイク版はアメリカ現代社会が直面する諸問題を反映させ、「時代遅れの古典」から脱皮させたスピルバーグの名作。
スピルバーグ版『ウエスト・サイド・ストーリー』の 一場面。中央がトニー(エルゴート)とマリア(ゼグラー)。 ©2019 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED.
もしもスティーブン・ソンドハイムが公開直前に死去(2021年11月26日、享年91歳)していなかったら、スティーブン・スピルバーグ監督によるリメイク版『ウエスト・サイド・ストーリー』(アメリカでは同12月10日公開)の受け止め方は違っていただろう。湿っぽさはなく、広く愛されながらも疑問の多いこのミュージカルに、辛辣な批評も聞かれたはずだ。
ソンドハイムもそれを望んでいたに違いない。生前、彼は自分の書いた詞を「若気の至り」で恥ずかしいと言っていたし、たまには他人(この場合は巨匠レナード・バーンスタイン)の曲に詞を付けるのもいいものだと師匠に諭されなければ引き受けなかったとも語っている。
だがソンドハイムの死を契機にミュージカルの歴史は見直された。『ウエスト・サイド・ストーリー(WSS)』をいま──ブロードウェイでの初演から64年、ロバート・ワイズ監督らによる元祖映画版の公開から60年を経たいま──新たに映像化したことの意味が問われているのも事実だ。
1950年代のニューヨークでの人種間抗争を背景にした悲恋の物語を21世紀のいまになって撮り直すなら、誰が誰を演じ、どんな言語で歌うべきなのか。
そもそも半世紀以上前に4人の白人(ソンドハイムとバーンスタイン、脚本のアーサー・ローレンツ、振り付けのジェローム・ロビンズ)が生み出した作品を、またしても白人の男たち(スピルバーグと脚本のトニー・クシュナー、振り付けのジャスティン・ペック)が再解釈するのは適切だったのか。
ちなみにWSSの生みの親はロビンズだ。47年、彼は普及の名作『ロミオとジュリエット』のニューヨーク版をやろうと思い立ち、バーンスタインとローレンツに協力を求めた。
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当初は『イースト・サイド』だった。
当初のタイトルは『イースト・サイド・ストーリー』。ロウワー・イーストサイドを舞台に、アイルランド系カトリック教徒の少年と東欧系ユダヤ教徒の少女の禁じられた恋を描くというのがロビンズの腹案だった。
だが完成した初稿はボツになった。かつての人気芝居『アビーの白薔薇』にテーマも物語も似すぎていたからだ。この芝居は22年に初上演され、その後もラジオの連続ドラマとして放送されたが、人種や民族に関する偏見を助長するとの抗議が出て45年に中止されていた。
そこで原案から宗教的な要素を削り、舞台をウエストサイドに移し、人種的な対立だけに焦点を当てた。その結果生まれたのが元祖ブロードウェイ版のWSSだ。
作中でいがみ合うのは、白人とプエルトリコ系の不良少年団。当時の現実を反映し、社会問題に「進歩的」な姿勢を示す狙いだったと思われる。ミュージカルの古典的スタイルと現代的スタイルを融合させ、ダンスを中心に据えたのも斬新だった。
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ロビンズは61年の元祖映画版でも、ワイズと並んで共同監督を務めている。ワイズは既にハリウッドのベテランで、人種差別や暴力などのテーマも扱える監督として知られていた。
それでもプエルトリコ人の役の大半には白人が起用されていた(みんな顔を濃い色に塗っていた)。そのことを問題視するメディアもなかった。元祖映画版WSSはアカデミー賞で作品賞を含む10冠を達成し、批評家筋からも高い評価を得ている。
WSSは2009年にブロードウェイで再演された。このときは中南米系の移民を描いたミュージカル『イン・ザ・ハイツ』でトニー賞を受賞したリン・マヌエル・ミランダを招き、一部の歌詞をスペイン語にした。
いつかはWSSのリメークを、と考えていたスピルバーグが、脚本家のクシュナーにアプローチしたのは14年のことだ。引き受けたクシュナーは、60年の歳月を越えて観客の心に響くストーリーを練るのに腐心したという。
こうして生まれたリメイク版は、新しさと同時に懐かしさも兼ね備えている。バーンスタインの楽曲(デビッド・ニューマン編曲、グスターボ・ドゥダメル指揮、ニューヨーク・フィル演奏)は、かつてないほどダイナミックだ。
ジャスティン・ペックの新たな振り付けは、ロビンズのバレエ的なスタイルを残しつつ、スクリーンからはみ出すほどにエネルギッシュだ。
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悲恋に深みを与える設定の変更。
そして何よりもスピルバーグが素晴らしい。ミュージカルに挑戦するのはこれが初めてだが、昨年末(12月18日)で75歳になった巨匠は時代と社会の要請にしっかり応えているし、ミュージカルの映画化で最も困難な技術的課題も克服した。開放的な舞台をカメラで切り取り、スクリーンの枠に押し込めているのに、まったく閉塞感がない。
脚本のクシュナーも、とかくセンチメンタルになりがちな悲恋の物語に深みを与える工夫をした。白人側の主人公トニーに、かつて敵対する組織の一員を殴った罪で1年間服役した過去を持たせ、出所してからは不良グループと距離を置いているという設定に変更している。
もう1人の主役、プエルトリコ出身の少女マリアを演じたのは新人レイチェル・ゼグラー。公開オーディションで何万もの応募者から抜擢された時は、まだ16歳のユーチューバーだった。
元祖映画版でマリアを演じたナタリー・ウッド(当時23歳)に比べると、いかにも純情な10代の少女らしく、それでいて意志の強さも感じさせる。
対照的に、アンセル・エルゴート演じるトニーは少し鈍く見えるが、これはまあ、シェークスピア以来の伝統。ジュリエットはいつだってロミオより賢いのだ。
作中でプエルトリコ人を演じる役者がスペイン語で話す場面でも、たいてい英語の字幕は付かない。アメリカの観客の何割かはスペイン語の母語話者だし、スピルバーグにはアメリカに単一の「国語」は存在しないとアピールしたい気持ちもあっただろう。
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ジェンダーに関しても、この作品は時代の空気を反映している。従来は「男社会の仲間になりたい活発な娘」とされていたエニバディズが、今回はトランスジェンダーの少年という設定になり、その役をノンバイナリー(男性でも女性でもない)俳優のアイリス・メナスが演じている。
ただでさえアメリカの観客に複雑で微妙な思いを抱かせてきたWSS。その複雑さを最も深く体現してきた人物がいる。元祖映画版でアニタ(マリアの兄の恋人)を演じ、中南米系女優として初のオスカー(助演女優賞)を手にしたリタ・モレノだ。
新しい振り付けで「アメリカ」を歌い踊るアニタ。 ©2020 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED.
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戻ってきたリタ・モレノの意味。
しばらく前のインタビューで、彼女は当時をこう回想している。肌をすごく黒っぽく塗られ、ひどいなまりの英語をしゃべらされて、もうこの役は降りようと思ったこともあった、と。
彼女の歌う「アメリカ」という曲に、こんな一節があった。「プエルトリコ、おまえの醜い島/熱帯病のはやる島......」。この一節は元祖ブロードウェイ版でも問題になった箇所で、さすがにプロデューサーのひとりが作詞のソンドハイムに文句をつけ、結果として「プエルトリコ、私の愛する島/海の底に戻してやるよ」に修正された。
モレノはこの案で妥協し、修正された歌詞を歌ってオスカーを獲得した。でもその後7年間、一度も映画に出なかった。打診されるのはどれも人種的な偏見丸出しの役ばかりで、アニタを誇り高く演じた後ではとても受け入れられなかったからだ。
アニタは「私が中南米出身者の尊厳と誇りをもって演じられた唯一の役」だと、モレノは語った。ラティンクス(中南米の男女)の若い役者たちは、みんなああいう役に憧れている、とも。
だから彼女(映画の全米公開の翌日に90歳になった)は、60年ぶりにWSSに戻ってきた。今度は役者兼製作総指揮として。モレノに託されたのは、旧作にはなかった役。トニーを雇い、保護してきたドラッグストア経営者の女性バレンティナの役だ。
いままでトニーとマリアが歌ってきた切ないラブソング「サムホエア」を、今度は老いたモレノがソロで歌う。するとカメラは彼女を離れ、トニーの死を悼む仲間たちの顔をひとりずつ映し出す。
歌い手が変われば歌の意味も変わる。繰り返される「私たち」は、もはや悲恋のふたりではなく、虐げられた移民コミュニティ全体になる。
WSSを過去の遺物として葬り去りたい批評家がいるのは事実。でも、それはおかしい。WSSがこれほど長く観客や役者たちの心を捉え、惑わせてきたのには、それなりの理由がある。そこに、スピルバーグとクシュナーは新しい光を当てた。音楽もダンスも素晴らしい。
そしてなにより、このアメリカで「私たち」が何を意味するのか、「私たち」はいかにして、どこに居場所を見つければいいのかを新たに問い直している。
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新しさと懐かしさを兼ね備えた名作に……。『ウエスト・サイド・ストーリー』予告編映像。
●監督・製作/スティーブン・スピルバーグ
●2021年、アメリカ映画
●157分
●配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン
●2月11日より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開中
www.20thcenturystudios.jp/movies/westsidestory
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