BTS Saving The World? BTSはただのアイドルではない、ARMYが世界に希望をもたらす日。

Culture 2022.04.01

From Newsweek Japan

文/ムスタファ・バユミ(ニューヨーク市立大学ブルックリン校教授)

BTSのことを、まだ誤解している人がいるかもしれない。2022年グラミー賞にシングル「Butter」がノミネートされているが(発表は日本時間4月4日)、その世界観にしびれた熱狂的ファンは極右勢力と戦って人類に希望をもたらそうとしている。

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BTSは言葉や文化の壁を越えて楽観主義の好循環を生み出している。アメリカン・ミュージック・アワード(2021年) photography: ロイター/AFLO

さあ戦争が始まった。ウクライナではないし、普通の戦争でもない。一滴の血も流れていないが、侮るなかれ。この激突に妥協はなく、シビアで、今の時代のイデオロギー対決を反映している。

一方の側には、昨年1月6日に角付きの毛皮帽をかぶり米連邦議会議事堂を襲撃した極右の男たちがいる。対するは、パソコンやスマホの画面にかじりつく熱烈なファン軍団。まさしく究極のポストモダンな戦争だ。

それはアメリカの極右陰謀論者とKポップの、私たちの未来を懸けた壮絶な対決だ。

ありがたいことに、この戦争においてはKポップ側──つまりテクノロジーを駆使してシンセサイザーで音を作り、指を鳴らしたくなるほど明るくて青春全開の韓国製ポップミュージックが勝ち続けている。

その証拠となる記事が今年2月、米ニュースサイト「レディット」に投稿された。

その投稿者が言うには、投稿者の「リベラルな左翼おばさん」は一時期、なぜか「民主党やハリウッド系セレブは人肉を食い、人身売買をしているというQアノンの陰謀論にはまっていた」。しかし彼女は、突然「Qアノン系の話をしなくなり、再びリベラルな人に戻った。どうしたの? まさか認知症? それとも脳卒中?」

いや、違う。この投稿者のおばさんを救ったのは韓国出身の7人組ボーイズグループ、BTSだった。

「『Dynamite』がリリースされると、彼女はすぐKポップに夢中になった」と投稿は続く。「Dynamite」はBTSが初めて英語で歌って大ヒットした曲だ。「今の彼女はメンバーの名前だけでなく、彼らの母親の名前も好きな食べ物も知っている。彼女が言うには、BTSを見たら自分もベターな人間にならなくちゃと思ったとか。確かにBTSは人種差別反対の声を上げ、募金もしている。それで、私のおばさんはARMY(アーミー)になった」

ARMYはBTSのファン集団を指す語で、「若者を代表する魅力的な進行役」の略。そして世界規模で強力な「善」を促進する勢力だ。BTSが表現する「ラディカルでポップな楽観主義」を掲げ、「世界を癒やす」ためのグローバルな資金調達キャンペーンを展開する。

地球上の何百万人ものファンで構成されるARMYは、南アフリカのレイプ被害者救済からエクアドルの植林事業まで、あらゆる目的のために資金を調達している。

ほとんどの寄付は比較的小規模で、それほど政治的ではない。

だがBTSが2020年にBLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大事)運動に100万ドルを寄付して人種差別に立ち向かうと、ARMYも独自の募金活動を行い、たった25時間で同額の100万ドルを集めてみせた。

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団結して社会改革を目指す

だから「Kポップなんてヘアジェルとダンスだけ」と決め付けるのは間違いだ。Kポップのファンは侮れない。彼らは行く先々で独自のコミュニティーを生み出している。

しかも今のアメリカでは、ARMYは政治色を強めている。アメリカのKポップファンは若くてエネルギッシュで、あらゆるソーシャルメディアに精通し、進歩的な世界観に強く傾倒している。

そしてコロナ禍で外出制限があっても、自宅のパソコンやスマホから社会改革の運動はできることを証明した。

20年6月には、アメリカのKポップファンがツイッターで白人至上主義者のハッシュタグを乗っ取り、無意味な文章や人種差別反対のメッセージを大量に投稿した。

同じ頃、(証拠はないが大方の推測では)KポップファンはTikTok(ティックトック)ユーザーと組んで、米オクラホマ州タルサで行われたドナルド・トランプの選挙集会のチケットを何千枚も予約し、でも実際は会場に行かないという手法でトランプに恥をかかせた。

素晴らしい! 私はBTSの魅力はその音楽のみにあると考えていたが、どうやらBTSのファンは音楽だけでなく、コミュニティーの活動も重視しているようだ。

Kポップのアクティビズムは、特に社会的に孤独を感じるこのコロナ時代にあって、断絶とは対極にあるものだ。彼らにとって大事なのは共通の帰属意識と共通の善だ。

カリフォルニア州在住で18歳のBTSファンが「グッド・トラブル」という雑誌に語っていた。

「ARMYになる前の私は、ひどい状態だった。でも孤独感を和らげてくれる音楽に出合って、救われた。BTSの音楽を聴けば聴くほど、彼らのメッセージが心に響いた」

こうしたファン心理を考えると、Kポップファンのアクティビズムと極右の過激主義も対極にあることがよく分かる。どちらの運動も「帰属し得るサブカルチャー」を提供している点は同じだが、そのサブカルチャーの質はこれ以上にないほど異なっている。

別なKポップファンの男性(43)は同じグッド・トラブル誌に、アメリカでは「トランプ主義者による有害なもくろみとは逆の」本質的に前向きな現象が起きていると言い、「BTSは言葉や文化、年齢の壁を越えて希望に満ちた楽観主義の好循環を生み出した」と指摘している。

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「世界を守る」Kポップファン

このファンが語るBTSの世界は、極右活動家の多くが存在するダークウェブの世界からは程遠く、両者の違いを理解することが重要だ。

そもそも人が過激な思想に走るのは、特定の信仰やイデオロギーを信じるからではない。個人的な性格の問題でもない。

むしろ問題は社会的な孤立や経済的不安、長期にわたる孤独などだ。社会的孤立は「既にある怒りや恨みを増幅させ、人々を過激主義に追いやりがち」だと、極右主義分析センターという団体は警告している。

新型コロナウイルスのパンデミックによるロックダウン(都市封鎖)中にいくつもの奇妙な陰謀説が広まったのも、こうした理由によるのだろう。

孤独を抱えている人が、みんな陰謀論や過激思想に走ると言うつもりはない。しかしパンデミックやテクノロジーによって孤立化と細分化がますます進んだ現代の社会には、いくつものリスクが伴う。そして20世紀の偉大な政治哲学者であるハンナ・アーレントは、このことを十分に理解していた。

アーレントは、社会の「競争的な構造とそれに付随する孤独感」がいかに「社会の細分化」を進ませるかを指摘していた。そしてこの細分化の結果、「とりわけ暴力的なナショナリズムが促進され、それに染まった大衆のリーダーが人々を扇動する」のだと。

彼女がこう書いたのは第2次大戦のすぐ後だが、まるでトランプ以後の米共和党の状況を述べているかに見える。

私が言いたいのは、Kポップファンは極右主義者と同様に「カルト的」で「極端」というレッテルを貼られがちだが、彼らのアクティビズムは過激化を止める方向の運動と言えるのではないか、ということだ。

極右の活動家とKポップファンのアクティビストは違う。何といっても、後者は世界の征服ではなく、世界を守ることを目指している。

音楽としてのKポップが俗受けを狙った人工的なもので、グローバル資本主義の生み出したポストモダンな商品であることは確かだ。でも、いいじゃないか。音楽だもの、ノリが良くて何が悪い!

フェミニスト活動家のエマ・ゴールドマンだって、今の時代に生きていれば自分の集会にBTSを招待して演奏させただろう。大衆的な音楽を毛嫌いしていたドイツの哲学者テオドール・アドルノだって、今ならBTSのファンになったかもしれない。

そしてメンバーの中では、きっとJ-HOPE(ジェイ・ホープ)を好きになる。

いつだって、人はHOPE(希望)を選びたいものだから。

Copyright Guardian News & Media Ltd 2022



ニューズウィーク日本版 特集「BTSが愛される理由」2022年4/12号
グラミー賞受賞秒読み(?)のBTSは、韓国社会の好む「負け犬がのし上がる」ストーリーに当てはまる独特の存在。韓国の人々の期待も背負いつつ、多くのことを成し遂げてきた今、彼らはどこへ向かうのか/ほか、世界のARMYが語るBTSの魅力......など。
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text: Moustafa Bayoumi

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