THE LIGHT AND DARK BTSの音楽がアメリカ人に受けている理由。【評:大江千里】

Culture 2022.04.03

From Newsweek Japan

文/大江千里(ニューヨーク在住ジャズピアニスト)

「同じアジア人として」どう聴いたか。音楽評論をするアメリカ人の友人はどうみているか。2022年グラミー賞にシングル「Butter」がノミネートされているが(発表は日本時間4月4日)、彼らはどこに向かっているのか。
 


BTS の「Dynamite」を聴き「これは自分で歌うとなると難しいぞ」と思った。

サビの出だしがちょっとトリッキーな音から始まり、4つ打ちと言われるディスコビートに一拍ずつ音を乗せて下がっていく。そのノリで男性の声にしてはかなり高いキー、裏声と地声を頻繁に行ったり来たりしなければいけない。

だが実際の彼らはなんだか楽しそうに、楽に歌っているふうに聞こえる。このサビのフレーズは誰かにつぶやくように始まったのかもしれないと、ふと思った。大事な友達がインスタグラムのストーリーに載っけたメッセージ、24時間で消えちゃうみたいな儚いもの。

しかしいまどきのSNSは世界へオープンだから、あちこちに共感する仲間が増えていく。「いいね!」の小さな声はやがて大きなクラップ(手拍子) へ。「Dynamite」にはそんな、コロナ禍の時期を経てたどり着くアーティストと聴き手との間の物語が見える。クラッピングが入りピアノの厚みが増し、コーラスで一気に広がり今度は長めのサビへ。

BTSはこの「Dynamite」で名実ともに世界に認められたが、有名人である前に彼らもひとりの人間なわけで、ソーシャルメディアを通して「ARMYのみんなと一対一で向き合う」姿勢でいる。

その率直さがいい。このリアルタイムでの聴き手とのキャッチボールこそが、争いや不安が広がる世界で、言語を超え「国境のない地図」に新しい絵の具を塗っているのだろう。

そもそもKポップは国内だけで収まらず世界と繋がろうとする傾向があったように思う。音楽メジャーが考えるPRとは違うやり方で外国へ出て、草の根作戦で挑戦する。その発想はいま多くのニューヨーカーを楽しませているコリアンフードなどにも如実に表れている。

コリアンの友人の「僕らは母国には帰らない。その覚悟でアメリカに来ている」という言葉がいまも脳裏から離れない。BTSが移住するかは分からないが、志は同じだろう。

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携帯に残っている、僕がアメリカに学生として来たばかりの頃(2008年)の写真を見ると、画像のクオリティが低い。あの頃はあれで十分で、最先端に触れていたつもりだったが、世界じゃソーシャルメディアを通じての情報共有、サブスクリプションによる音楽の聴かれ方の変化、という文明開化の鐘がすでに鳴りまくっていたのである。

確か僕が大学1年(その頃47歳)の時、初めて同級生のユダヤ人(18歳)からフェイスブックの友達申請が来てびっくりした。何だこれ? あれからツイッター、インスタ、TikTokとどんどん新しいソーシャルメディアが出た。

一応手広く僕も参加してみるが、どうも思いどおりにいかないのがTikTokとインスタのストーリー。このハードルの低さと素早さが僕にはないのだけど、これをスイスイと使いこなす人がここ数年で格段に増えた。アンテナに引っ掛かる音楽も80s、90sだったり、自由自在なネタで踊ったりしゃべったり短いメッセージをあげてみたり。

BTSのアメリカでの認知度はサブスクというツールを通してそうしたソーシャルメディアも武器にし、真摯に聴き手と向き合うメンバーのパーソナリティによって一気に広がったのではないだろうか。

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自粛期間でも止まらなかった

そして奇しくももこのコロナだ。人々が断絶され心のよりどころに飢えたとき、何がよくて悪いか、未来の価値基準さえ分からなくなった頃、音楽がアートじゃなく、もっと身近で切実なものへと静かに移っていったのではないか。

20年8月に「Dynamite」、11月にアルバム『BE(Deluxe Edition)』をリリースしたBTSの怒濤の快進撃。あのコロナ禍が始まった年にはみんなが同じ「ゼロ」になった。エンターテインメントに関わるすべての人たちが、何もなくなり、落ち込み、計画を断念せざるを得なくなった。

BTSも2月に前作アルバム『MAP OF THE SOUL:7』を出し、本来であればツアーをして世界中のファンとじかに触れ合っていただろう。なのにできなくなってしまった。

僕らが公平に与えられた自粛の時間で彼らがすごいのは、止まらなかったことだ。コロナ時間で逆に得たものを歌詞に還元し、更なる次元へと進化をやめなかった。そのプロセスをどんどんファンとシェアした。

実はコロナ禍が武漢で始まった頃、世の中がマスクで埋め尽くされるとは誰も思っていなかった頃にリリースした『MAP OF THE SOUL:7』にこそ彼らの神髄があると思う。

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リード曲「ON」を聴くと彼らの音楽はソウル、ラップ、ロック、そして彼らの国のルーツをしっかり見据えていることが分かる。アメリカの音楽を単に追い掛けるだけじゃなくオリジナルな世界観がすでにある。これが逆に独特さを好むアメリカ人に受けているのではないだろうか。

7人の個性は高音と低音、音と休符、MVのダンスもそうだが、「緩急」の付け方がすごい。それこそ「凪(なぎ)」のような緩やかな瞬間が曲の緊張のはざまに点在する。韓国語ラップは響きのせいもあるが、力強い。同じアジア人だから思うのかもしれないが、欧米のグループにはないかゆいところに手が届く繊細さも持ち合わせている。

音楽評論をする友人に「アメリカ人はどうみているの?」と聞いてみたら、「ひとことで言うと、完成されたエンターテインメント」と言い切った。彼は音楽学校でも教えているのだが、ここ数年で専門知識に通じたアーティストになるより、独自の言葉を持つアーティストになりたいと思う学生が増えているそうだ。

「ON」の「痛みを悶絶しながら消化していくようなヒリヒリする感じ」や「Black Swan」の「もがき苦しむ切実さ」は彫りの深い彼らの音楽の輪郭となり、コロナを経て結実したキャッチーでポップな曲たちへ受け継がれている。

アルバム『BE』には包み込む優しさがある。立ち止まることを受け入れ進むこと、プライベートライフで音楽の意味を確認できたからこそ自粛を乗り越えられた「喜び」が表現されているようにも感じた。「Life Goes On」にはそれが素直に出ている。

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「Butter」はアイデアの宝庫

「Skit」は、「Dynamite」で全米1位を取り、みんなで祝いながら話しているだけというテイク。これもまた音楽だ。

そして、グラミー賞候補になったシングル「Butter」。アッシャーやマイケル・ジャクソンへのオマージュが仕掛けられてるのではとちまたで話題になったが、いちばんすごいのは「シンプルなトラックに乗っかった素敵なボーカルアレンジ」に尽きる。ソロ、ユニゾン、ハーモニー、そしてめちゃくちゃいいタイミングでラップが入る。アイデアの宝庫だ。

エド・シーランと共作の最新シングル「Permission to Dance」は、エルトン・ジョンが歌詞で登場する。思わず僕世代もニヤリ! 踊ることに許可なんていらない、ダナナナナというフレーズは、老若男女の音楽の壁を飛び越えてみんなが同時に反応してしまう。

いつの時代も多くの人の共感を呼び、世の中に残る曲には「明るさとダークな部分」がペアであるように思う。マイケル・ジャクソンの「Black or White」しかり。

魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する現代に抽象的だったり奇麗事だったりを歌うのではなく、現実に起こるさまざまなネガテイブな要素も含めて作品として形にし続けることが、今後の彼らをどこに向かわせるのか? 

グラミー賞もひとつの通過点で、彼らの目指す本当の桃源郷はもっと違うところにあるような気がしないでもない。

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ニューズウィーク日本版 2022年4/12号
特集「BTSが愛される理由」


グラミー賞受賞秒読み(?)のBTSは、韓国社会の好む「負け犬がのし上がる」ストーリーに当てはまる独特の存在。韓国の人々の期待も背負いつつ、多くのことを成し遂げてきた今、彼らはどこへ向かうのか/ほか、世界のARMYが語るBTSの魅力......など。
※2022年4月5日(火)発売 
●アマゾン予約はこちら

 

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text: Senri Ooe

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