大阪中之島美術館が示す「超コレクション」の未来。

Culture 2022.04.13

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独特の存在感を放つ美術館外観。

1983年に構想が発表されてから約40年、準備室が設置されてから約30年。日本のサグラダファミリアと密かに呼ばれた大阪中之島美術館が、今春ついにグランドオープニングを迎えた。30年ともなれば、その間にコレクションの構築に注力した歴代の学芸員をはじめ、館の体制も大幅に変遷してきたはずだ。世代も背景も異なる多様な「目」に審議されてきたコレクションは、1980年代から2020年代に至る現代史に伴走してきたともいえるだろう。

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『Hello! Super Collection 超コレクション展 ―99のものがたり―』展示風景。

コアな美術ファンにとってはお待たせされすぎたかもしれないその開館記念展『Hello! Super Collection 超コレクション展 ─99のものがたり─』は、長年にわたり熟考され積み上げられてきた同館のコレクションの全貌を余すところなく披露するものだった。本展ではこれまでに収蔵した6000点を超えるコレクションから、約400点の代表的な作品を選び、3つの章により同館の収集活動の特徴を紹介した。膨大なボリュームに覚悟して臨んだが、ここが大阪の美術館であることが腑に落ちるような、観客の気をそらさない変化と起伏に富む展示構成だった。

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佐伯祐三『郵便配達夫』(1928年)大阪中之島美術館蔵

「第1章 Hello! SuperCollectors」では、コレクションの出発点となる、実業家の山本發次郎により1983年に一括寄贈されたコレクションから、高僧の墨蹟、佐伯祐三、原勝四郎の絵画、インドネシアの染織を、なんと同じ展示室の空間で紹介していたのが印象的だ。稀代のコレクターの審美眼が特に高く評価したのが「強烈な個性」であったことが、美術史の文脈にとらわれない展示構成を通して伝わってくる。

なかでも、悲劇の画家・佐伯祐三への熱いまなざしは多くの人の共感を呼んだのではないか。佐伯祐三は大阪出身で、大正・昭和初期にパリに赴き、モンパルナスのアトリエでのわずか約4年の画業ののち、病魔に冒され30歳で夭折した。最晩年の代表作『郵便配達夫』(1928年)の鬼気迫る筆致にも惹きつけられるが、パリの風景に執拗なまでに描きこまれたカフェの看板や壁のポスターのアルファベットには、多くの芸術家が魅入られた美神の街と切り結ぶかのような破滅的な憧れ、そして同時に、高僧の墨蹟と佐伯の絵画のなかに山本が見出した「線の旨味」が刻まれている。多くの画家志望の若造と同じく、西洋絵画にのめり込み、佐伯の生き様に思いをはせた高校時代をほろ苦く思い出した。
この章ではほかにも、初期に寄贈を受けた「田中徳松コレクション」「高畠アートコレクション」、さらに大阪の風景や市井を描いた絵画や、大阪を拠点とした戦後最大の芸術運動「具体美術協会(具体)」を築いたリーダーの吉原治良など、「大阪に関わりのある近代・現代美術」に焦点を当てた。近年国際的に再評価が高まっている「具体」のコレクションについては、10月22日からの同館と国立国際美術館による共同企画展『すべて未知の世界へ―GUTAI 分化と統合』で大規模な展示が予定されているので、秋の展覧会に期待を繋ぎたい。

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モディリアーニ『髪をほどいた横たわる裸婦』(1917年)大阪中之島美術館蔵

「第2章 Hello! Super Stars」では、アメデオ・モディリアーニ、ジャン=ミシェル・バスキア、ゲルハルト・リヒター、草間彌生など、近現代美術を代表する作品が一堂に会する。長年の開館準備期間、国内の美術展はもちろん、ニューヨーク近代美術館、ポンピドゥー・センターなど海外の主要美術館の企画展に何度となく出品されてきた西洋美術コレクションの凱旋だ。

展示室の冒頭では、同館にとって海外作家の作品購入第一号であり、現在国内にある唯一のモディリアーニの裸婦像である『髪をほどいた横たわる裸婦』(1917年)が迎える。20世紀初頭、世界各国から芸術の都を目指してパリに集まったエコール・ド・パリの1人であるモディリアーニの劇的な生涯は、何度も映画化されたほど広く知られている。いっぽう佐伯祐三も同時期にパリに異邦人として滞在し、ほぼ無名のまま若くして身体を壊して亡くなったという共通点がある。イタリアと日本からパリにたどり着き、泡沫の人生を駆け抜けた2人のアーティストの画業が、この大阪中之島で交差する美術史の妙に感じ入った。もしかすると同館のコレクションを貫く理念、あるいは嗜好の方向性を探るポイントがここにあるのかもしれない。4月9日から開催されている開館記念特別展『モディリアーニ ー愛と創作に捧げた35年ー』を観ながらじっくり掘り下げてみたい。

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アメデオ・モディリアーニ『若い女性の肖像』(1917年頃)テート蔵
photo © Tate

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アメデオ・モディリアーニ『おさげ髪の少女』(1918年頃)名古屋市美術館蔵

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アメデオ・モディリアーニ『ポール・アレクサンドル博士』(1909年)東京富士美術館蔵

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モーリス・ルイス『オミクロン』(1960年)
photography: Chie Sumiyoshi

この展示室では、フォーヴィスム(野獣派)、シュルレアリスム(超現実主義)、抽象表現主義、ミニマリスムといった20 世紀美術の作品が並ぶ。いずれもその作家の秀作ばかりで、充実したコレクションだ。
なかでも抽象表現主義の作家モーリス・ルイスの『オミクロン』(1960年)は、タイムリーすぎるタイトルもさることながら、幅4メートルを超える大型の画面には、圧倒的でありながら重量感や物質感から解き放たれた軽やかな色彩の歓びが満ちあふれていて、しばらく視線を外すことができなかった。左右の色調の微妙な違いなど、いくらでも発見があり見飽きない。ルイスは、アメリカで展開された「カラーフィールド・ペインティング」の代表的な作家。薄く溶いた絵具をカンヴァスにしみこませる「ステイニング」という技法で知られ、本作は旗などがひるがえることを意味する「アンファールド(Unfurled)」シリーズの1点だ。
さらに本展示室では、ルネ・マグリット、マックス・エルンスト、サルバドール・ダリ、アルベルト・ジャコメッティ、マーク・ロスコ、フランク・ステラ、ゲルハルト・リヒター、杉本博司、森村泰昌、やなぎみわといった、近現代美術のメインストリームを培ってきた作家たちの名作が出迎えてくれる。

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『Hello! Super Collection 超コレクション展 ―99のものがたり―』展示風景。

「第3章 Hello! Super Visions」では、大阪市が1992年から収集してきた希少な家具とデザインのコレクションを紹介。1859 年デザインのミヒャエル・トーネットの椅子から、アール・ヌーヴォー、ウィーン・ゼセッション、未来派、デ・ステイル、バウハウス、ロシア構成主義、アール・デコ、北欧デザイン、スイス・デザイン、イタリア・デザイン、オリンピック・ポスター、ポストモダンのデザインまで、19世紀後半から1980年代までのデザイン史を広々とした空間のなかで巡ることのできる圧巻の展示となった。

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倉俣史朗『ミス・ブランチ』(デザイン1988年/製造1989年) 大阪中之島美術館蔵
photography: Chie Sumiyoshi

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コロマン・モーザー『アームチェア』(デザイン1903年、製造1903~04年頃) 大阪中之島美術館蔵
photography: Chie Sumiyoshi

同館がデザイン・コレクションを始めた当初収集したのはウィーン・ゼセッションの作品だったという。ヨーゼフ・ホフマン、コロマン・モーザーらのオリジナル家具や食器などを、遠景から寄りながらそのたたずまいを眺め、端正な細部まで思いのままに愛でる時間は至福だ。北欧モダンデザインの変革者であるアルヴァ・アアルトの初期のオリジナル家具や、アクリルに閉じ込められた赤い薔薇の花が浮遊する倉俣史朗の名作椅子『ミス・ブランチ』がここに収蔵されていることも喜ばしく、同館が建築計画に先駆けて早くから収集活動を始めていたからこそ結実したコレクションである。特にいま日本のデザイナーによる優れた家具やプロダクトのオリジナル作品は海外に散逸したものが多く、コレクター垂涎の存在となり価格も高騰していると聞く。今後も着実に充実されていくことに期待したい。
また、惜しまれつつ休館した大阪のサントリーミュージアム[天保山]から同館に寄託されたポスター・コレクションから、ロートレックやボナール、カッサンドルなどのクラシック・ポスターが多数展示されていたことも嬉しい驚きだった。

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これまで、特に京都と比較されるごとに、「大阪には近現代美術のミュージアムやギャラリーが足りない」といわれてきた。隣接する国立国際美術館とともに、大阪中之島美術館が関西のアートの新たな拠点になることは間違いないが、最も注目されているのはこの「超コレクション」を今後どのように活用していくのか、その方向性だろう。世の中全体において、有形無形の文化資源を再評価し、サステイナビリティを行動指針に掲げることはすでに大きなうねりとなった。これだけの価値あるコレクションを集めてきた大阪中之島美術館ならではのアーカイブ再構成のビジョンは、アートシーンだけでなく、経済や社会にも影響をもたらす可能性を秘めている。

大阪中之島美術館
大阪府大阪市北区中之島4-3-1
tel:06-6479-0550
開)10:00〜17:00(入場は16:30まで)
休)月(祝日の場合は翌平日)
料)展覧会により異なる
https://nakka-art.jp

text: Chie Sumiyoshi

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