立田敦子のカンヌ映画祭レポート2022 #07 オストルンド監督がパルムドール2度目の快挙!
Culture 2022.06.01
5月28日に第75回カンヌ国際映画祭が閉幕しました。今年のパルムドール(最高賞)は、スウェーデンのリューベン・オストルンド監督『Triangle of Sadness』(原題)が受賞しました。『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(2017年)に続き、2作品連続で2度目の受賞という快挙を成し遂げました。個人的には順当な受賞結果かな、と思っています。
『Triangle of Sadness』(原題)は、モデルでインフルエンサーのカップルや怪しげな富豪、マルクス主義の船長といった個性的な面々が乗り合わせた豪華客船が遭難するという話。辿り着いた無人島でサバイバル力が試され、ヒエラルキーが逆転するという風刺コメディです。ファッション業界やルッキズム、SNS、階級社会、資本主義などに対する痛烈な批判を過激なユーモアで笑い飛ばしています。『ザ・スクエア 思いやりの聖域』でも見られたオストルンド節がさらにパワーアップして炸裂していますが、一部エゲツない表現もあり、彼のセンスにのれない人にとっては評価が低くなる作品でしょう。いずれにしても、スクリーニング会場で今年最も湧いた作品であることは間違いありません。
パルムドールを受賞したリューベン・オストルンド監督『Triangle of Sadness』
グランプリを受賞したルーカス・ドンの『Close』(原題)は、21本のコンペの中で最も好きな作品のひとつでした。13歳の少年の友情関係の脆さと感情の揺らぎを描く繊細な物語、そして巧みなヴィジュアル表現。カメラドールを受賞した前作『Girl/ガール』よりも、監督として洗練された印象です。31歳で、2作目の長編にしてグランプリを受賞したルーカス・ドン監督。今後も、カンヌの常連として存在感を増していくでしょう。
グランプリを受賞したルーカス・ドンの『Close』
1980年代のニカラグアを舞台にした『Stars at Noon』(原題)は、正直なところ期待外れでした。アンディ・マクダウェルの娘で、Netflixの人気シリーズ「メイドの手帳」や映画『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』(22年)に主演し、注目されている新進俳優マーガレット・クアリー。彼女が演じるジャーナリストと、ジョー・アル ウィン演じる英国人が陰謀に巻き込まれていくラブサスペンスですが、フランスのアート映画界の重鎮クレール・ドゥニのよさがまるで感じられませんでした。
クレール・ドゥニ監督『Stars at Noon』
監督賞は、韓国の名匠パク・チャヌク『Decision to Leave』(原題)に。変死体で見つかった男の妻と、事件を捜査する刑事の異色サスペンス。下馬評が高かっただけに監督賞受賞は納得です。
監督賞を受賞した韓国のパク・チャヌク『Decision to Leave』
ポーランドの84歳の異才イエジー・スコリモフスキ監督の『EO』(原題)は、審査賞に輝きました。ロベール・ブレッソンの『バルタザールどこへ行く』(1966年)のリメイクですが、無垢なロバの視点から見た人間の愚かな営みという大筋は同じながら、その大胆なシネマティック表現など斬新な発想に驚かされました。こちらも大好きだった作品のひとつです。
審査賞を受賞したポーランドのイエジー・スコリモフスキ監督『EO』
女優賞は、イラン系デンマーク人のアリ・アバッシ監督がイランで撮った『Holy Spider』(原題)で、連続娼婦殺人犯を追い詰める女性ジャーナリストを演じたザール・アミール・エブラヒミが受賞。受賞スピーチで、6年前にセックスビデオが流出し、イランにいられなくなったことを告白しました。試練を乗り越えて手にした栄光ですが、この賞によって世界への扉がより開かれることを願っています。
アリ・アバッシ監督『Holy Spider』で、女優賞を受賞したザール・アミール・エブラヒミ。
男優賞は、是枝裕和監督の『ベイビー・ブローカー』で“赤ちゃんポスト”に預けられた子どもを養子縁組させる闇ブローカーを演じたソン・ガンホが受賞。2018年にパルムドールを受賞したポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』に主演し、昨年はコンペ部門の審査員も務めていたため、カンヌではおなじみの存在。今年もレッドカーペット、スクリーニング、記者会見など、どこでもソン・ガンホコールが起き、その人気を実感しました。韓国人俳優として、男優賞の受賞は初という快挙です。
是枝裕和監督『ベイビー・ブローカー』で、男優賞を受賞したソン・ガンホ。
早川千絵監督の『PLAN75』はカメラドール(新人監督賞)のスペシャルメンション(次点)に輝きました。75歳以上の人は安楽死を選択できるという、現代の“姥捨山”をテーマにした社会派ヒューマンドラマ。高齢化社会は世界的なトピックスなだけに、注目度の高い作品でした。2014年に、学生映画部門であるシネフォンダッシオンに短編が選出された早川監督。初長編となる本作で「ある視点」部門に選出し、高く評価されましたが、“カンヌ育ち”としての今後も楽しみです。
こうした受賞リストをあらためて見ると、是枝監督の韓国映画を始め、共同製作がますます増え、監督の国籍からは、どこの国の映画なのか、何語の映画なのかがまったくわからない状態に。ボーダーレス化が進む映画界のいまが顕在化したのも興味深いです。
パルムドール 『Triangle of Sadness』リューベン・オストルンド(スウェーデン)
グランプリ(2作) 『Close』ルーカス・ドン(ベルギー)
『Stars at Noon』クレール・ドゥニ(フランス)
監督賞 パク・チャヌク『Decision to Leave』 韓国
脚本賞 タリク・サレー『Boy From Heaven』 イラン
審査員賞(2作) 『The Eight Mountains』(英題)フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン&シャルロッテ・ファンデルメールシュ(ベルギー)
『EO』イエジー・スコリモフスキ(ポーランド)
75周年記念賞 『Tori et Lokita』ジャン=ピーエル&リュック・ダルデンヌ(ベルギー)
女優賞 ザーラ・エミル・エブラヒミ(イラン)『Holy Spider』アリ・アバッシ監督(デンマーク)
男優賞 ソン・ガンホ(韓国)『ベイビー・ブローカー』是枝裕和監督(日本)
カメラドール(新人監督賞) 『War Pony』ライリー・キーオ&ジーナ・ギャメル(アメリカ)
カメラドール・スペシャルメンション 『PLAN75』早川千絵監督(日本)
大学在学中に編集・ライターとして活動し、『フィガロジャポン』の他、『GQ JAPAN』『すばる』『キネマ旬報』など、さまざまなジャンルの媒体で活躍。セレブリティへのインタビュー取材も多く、その数は年間200人以上とか。カンヌ映画祭には毎年出席し、独自の視点でレポートを発信している。