「観客を甘やかさない青春映画」吉田大八が語る『リコリス・ピザ』。
Culture 2022.07.11
自分の痛みとして響く、「未矯正」な若さへの愛。
『リコリス・ピザ』
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「青春」の2文字に過剰な思い入れを示す人たちのことを、昔からあまり信用できない。ある年代に達してからうっとり後ろを振り返る、その瞳は幾重かの紗に覆われて、映るイメージはおそらくソフトフォーカスだ。「思い出は美しく」とばかりに、かつて誰かが必死に生きたはずの時間は巧妙に書き換えられ、浮世の憂さをつかの間忘れるための手軽な痛み止めに成り下がる。でもあの時のあなたも今のあなたも同じあなたなのだから、それを甘口に修正・保存する手口に慣れてしまうといつかツケが回ると思う。
ここのところ、つねに「問題作」を期待され、それを上回る結果を出し続けるのがいい加減しんどそうだったポール・トーマス・アンダーソン監督(以下PTA)、その最新作『リコリス・ピザ』が彼自身の出世作『ブギーナイツ』(1997年)と同じく自分が育った1970年代のLAを舞台にしたボーイ・ミーツ・ガール映画と聞いて、ああPTAも楽したくなってとうとう青春大好きソフトフォーカス野郎に堕ちたか! と一瞬でも疑ったことを僕は恥じなければならない。
この映画は、いつものPTAと同様、高解像度の演出力により15歳の男と25歳の女の成り行きをかけがえのない何かとして生々しく描き出すことに成功している。だから「青春」時代を通過した経験を持つ多くの観客は、場合によっては身の置き所のない恥ずかしさや気まずさを感じながら、それらが他人事ではなく、まさに今でも自分の痛みとしてあの時からずっと疼き続けていることに気づく。観客を甘やかさないまま何度もカタルシスに導く腕は流石の一言。あえて「青春」映画というジャンルに忠誠を示すかのように男女が何度も繰り返す不恰好な全力疾走と、触っても触ってもキマらない前髪や未矯正の前歯、頰に残る赤いニキビがたまらなく愛おしくなった頃には、あなたもこの映画の虜になっているだろう。
CMディレクターとして活動後、2007年『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』でデビュー。以降の監督作は『パーマネント野ばら』(10年)、『桐島、部活やめるってよ』(12年)、『紙の月』(14年)など。最新作は21年公開の『騙し絵の牙』
監督・脚本/ポール・トーマス・アンダーソン
出演/アラナ・ハイム、クーパー・ホフマンほか
2021年、アメリカ映画 134分
配給/ビターズ・エンド、パルコ ユニバーサル映画
7月1日より、TOHOシネマズ シャンテほか全国にて順次公開
www.licorice-pizza.jp
新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。
*「フィガロジャポン」2022年8月号より抜粋