暑い夏こそ劇場で! 映画館で観たい、今月の3本。
Culture 2022.07.12
一流シェフらが繰り広げる、繁盛店内のスリルと疾走感。
『ボイリング・ポイント/沸騰』

家庭の騒動を持ち越してオーナーシェフのアンディがロンドンの高級レストランに着くと、衛生面の抜き打ち検査の真っ最中。そんな気分ガタ落ちの開店前から、宿敵のシェフがグルメ評論家の愛人を伴って満員の卓につき、雪崩状のトラブルが沸点に達するまで、クリスマス直前の金曜日の店内を追う。長回しの手法を限界まで押し進めた撮影は、アンディを助けつつ改善点もズバッと口にする女性副料理長ら、新旧の厨房スタッフの素早い問題解決能力や連携術を、臨場感たっぷりに描き出す。のみならず、客の苦情の応対をめぐるフロア組との覇権争いなど、職場環境の実相までが浮き彫りに。12年のシェフ経験を経た英国の俊英による、レストラン集団劇のめざましい到達点。
監督・共同脚本・製作/フィリップ・バランティーニ
2021年、イギリス映画 95分
配給/セテラ・インターナショナル
7月15日より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて順次公開
www.cetera.co.jp/boilingpoint
新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。
---fadeinpager---
不意の女優挽歌のように、復帰への色気が揺らめく。
『あなたの顔の前に』

女優引退後の長い米国暮らしの末、ソウルに帰郷したサンオクは妹宅に身を寄せる。そのベランダ越しに、林立する高層ビル群を捉えたグラフィックな都市景観がまず、まぶたに残る。次の日、時が巻き戻ったような幼少期の旧家に彼女は迷い込み、現れた見知らぬ少女を夢うつつの分身のように抱く。この瞬間、「顔の前」に宿る天の恵みを抱擁しようとする元女優の心境が、端正な中に即興が冴えるホン・サンスの演出と呼応し合う。韓国映画界の伝説イ・ヘヨン演じる元女優が、銀幕の彼女に憧れてきた名監督に口説かれる酒席の場には、虚実の境の愉しさがある。バッハのメヌエットをギターで爪弾く酔いに任せ、ふと女優復帰へ心がなびく。寛いでは揺れる艶っぽさが絶品だ。
監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽/ホン・サンス
2021年、韓国映画 85分
配給/ミモザフィルムズ
ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて順次公開
https://mimosafilms.com/hongsangsoo
新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。
---fadeinpager---
中欧の血と華と香を伝える、詩的霊感に満ちた歴史絵巻。
『マルケータ・ラザロヴァー』

中世ボヘミアの歴史観や人間観がすっかり更新される、交響詩のような争乱と神話の物語。領主コズリークは勇敢な騎手にして凶暴な盗賊、というふたつの顔を持つ。善玉・悪玉に腑分けできないこの二面性、多面性が全登場人物の特徴だ。ヒロインのマルケータもそう。弱小領主の父が王統派についたため、反旗を掲げるコズリーク一族の不興を買って彼女はさらわれる。修道女の道を歩むはずだったマルケータが泥水をすすりながら、原初の喜びや異教的な官能を習得。語り部の修道士のお供も断り、悪縁の子を森で産み育てる。その聖なる野生よ! 日本初公開。チェコの「プラハの春」がソ連軍の侵攻によって潰される1968年夏まで咲いた、ニューウェーブ映画の花姿に酔える。
監督・共同脚本/フランチシェク・ヴラーチル
1967年、チェコ映画 166分
配給/ON VACATION
7月2日より、シアター・イメージフォーラムほか全国にて順次公開
https://marketalazarovajp.com
新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。
*「フィガロジャポン」2022年8月号より抜粋
text: Takashi Goto