注目アーティストの頭の中を覗く:ライアン・ガンダー
Culture 2022.08.24
大きく変わりゆく時代の中で、独自の眼差しで世界を見つめるアーティストたち。自らの身体性を軸に、社会を見つめるライアン・ガンダーの言葉を聞いて。
目だけでなく、心で観ることを促す、コンセプチュアルアート。
ライアン・ガンダー
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RYAN GANDER
1976年、イギリス・チェスター生まれ。オブジェ、インスタレーション、絵画、写真、映像、印刷物など多彩な表現手段を用いる。これまでヴェネツィア・ビエンナーレやドクメンタなど、世界各地の展覧会に多数参加。
誰もが日常生活の中で創造的になり、誰もが芸術家になれる
昨年、東京オペラシティアートギャラリーにて開催される予定だったライアン・ガンダーの個展がコロナ禍により延期となってしまった。代わりとしてガンダー自ら提案する形で、美術館の収蔵品のみで構成した『ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展』が開催されたのだが、その展示というのが驚きというか奇抜というか……白黒の作品のみを選び壁面の上下左右に隙間なく作品を並べた「色を想像する」、そして暗がりの空間に展示された作品を懐中電灯で照らしながら見て回る「ストーリーはいつも不完全……」という2部構成だったのだ。日常生活でさほど気にもしない物事を新たな視点で観察することを教えてくれるガンダーならではの、実にハッとさせられるようなキュレーションが印象的だった。
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ガンダーは1976年生まれ、現在はロンドンとサフォークが拠点。コンセプチュアルアートと呼ばれる芸術分野で世界的に知られる気鋭の作家なのだが、彼の創作はなんということもない物事に着目し、それに対して「なぜそうなのか?」というどこか子どもの視点から問いかけるのが特徴だ。そして満を持してと言っていいだろう、新たな構想で開催される今回の個展のメインビジュアルにもなっているのが、一匹のネズミが壁から頭を出した『2000年来のコラボレーション(予言者)』という作品。ほかにも転がっている椅子に大理石の白い粉が降り積もる『ひっくり返ったフランク・ロイド・ライト+遠藤新の椅子、数インチの雪が積もった後』というライトが設計した自由学園にまつわる新作もあるが、このようなネーミングからも想像できるように、知的な捻りと遊び心が同時に感じられるのがガンダーのアートなのだ。
ガンダーのこういった作品が生まれた背景やアイデアを直接聞いてみたのだが、彼の言葉はウィットに富んでいて惹き込まれるものの、その一方でどこかトリッキーで雲を掴む感じだ。「人間の最大の資産は『時間』であり、それは平等に与えられている」、「自分の仕事は見えないものに関するものであり、観るものが自分のアイデアをそこに投影するためのスペースを確保させたい」など、かなり意図的に焦点をずらすように返され、前述の2作品に関しても答えを引き出すことができない。それでも、「誰もが日常生活の中で創造的でありえるはずだし、誰もが創造的な芸術家になれると信じているんだ」といった大真面目なメッセージに、彼が「見て、想像すること」を観客に意識させようとしていることは伝わってくるのだからおもしろい。
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ともかく、こんな感じで彼の繰り出す言葉自体がアートでもあるのだが、インタビューの終わり近くになって「日本からはかなりの影響を受けているんだ」と語り始めた時は思わず声を出して驚いてしまった。「正直、僕の作品のほとんどが日本の文化にすごく影響を受けていると思っている。今回展示する作品に大きなパネルに月を描いたものがあり、日本製のインディゴデニムを使った作品なのだが、それは日本の国旗を思い起こすはずだ。イギリスの文化がいまやヨーロッパに同化してしまったのに比べ、日本固有の文化は他国の影響が少なく、だからなのか、日本語や文化や記号論により惹かれるのかもしれない」と言う。また「コンセプチュアルアートには日本の神道に通じるものがあって、僕の作品も神道における『精神』が少なからず内包されていると思う。そもそも良い芸術とは、その作者がこの世からいなくなった後でも変化し続けるものでなければならないと思っていて、見えないもの、つまり概念やストーリーを大切にするという点において、いまの僕には神道がもっとも身近に感じられるんだ」と続けた。自分に身近なものや事柄を注意深く観察し、さまざまな角度から分析や考察を繰り返すという知的好奇心から生み出されるガンダーの作品は、目だけでなく心で観ることを促すことで、観る者にさまざまな問いや考察を抱かせようとしているのだろう。
会期:開催中〜9/19
東京オペラシティアートギャラリー(東京・西新宿)
営)11:00〜19:00
休)月(祝日の場合は翌火)
料)一般¥1,400
●問い合わせ先:
tel : 050-5541-8600(ハローダイヤル)
www.operacity.jp/ag
*「フィガロジャポン」2022年9月号より抜粋
text: Taka Kawachi