そのフランス人映画監督は、なぜ高野山で短編映画を撮ったのか?

Culture 2022.08.31

フランス人映画監督J.B. Braudが高野山で撮った短編映画『THE SOUND OF WATER』が、世界でも数少ない米国アカデミー賞公認の短編映画祭のひとつである「2022 フリッカーズ ロードアイランド国際映画祭」でオフィシャルセレクションに選ばれた。日本仏教の聖地、和歌山県・高野山を舞台に、蒸発した女性と、その女性を追うフランス人男性を描いた物語。フランス人監督の視点で日本人の死生観が描かれている。脚本・監督を務めたJ.B. Braudは、なぜこの高野山で映画を撮ったのか。

220830_A-TSOW---Still---Saki-Asamiya-_-Maximilien-Seweryn-copy.jpg© Pen Films / Braud Films / Noise Gate Circus / Origine Films

「私が日本で初めて撮ったショートフィルムは、実はこれが2作目になります。初作『IN THE STILL NIGHT』は、ホテルを舞台に幻想の世界に迷い込む、あるアートキュレーターの物語でした。このアイデアは滞在していた東京のホテルで思いつきました。自分が訪れた場所、そこでの体験からイメージを広げていくのが私の好きなスタイルです」

2作目となる『THE SOUND OF WATER』も、実際に高野山を訪れたことがアイデアの源となった。しかし個人的な体験を基にした前作とは異なり、高野山に伝わる、ある伝説に着想したという。物語のあらすじはこうだ。

平安時代、とある領主が散り桜に世の無常を感じて、妻と幼い子を残し突如、出家して高野山で僧となった。その子が少年になった頃、父が高野山にいるという話を聞き、父を探すべく母とともに高野山へと向かった。しかし高野山は女人禁制の地。そのため母を麓に残し、少年は単身、高野山へと入った。そこで父と出会うが、父は子に自分が父であることは明かさず、少年を麓に追い返した。そして、少年が麓で待つ母のもとへ戻った時には、すでに母は病で世を去っていた。身内を失った少年は、また高野山へ戻り、父のもとで仏の道に入る。しかし、父は死ぬまで自分が父であることを伏せた──。

「高野山は日本仏教の聖地で知られていますが、こんな物語があることに衝撃を受けました。そして、なにより私がさらに驚いたのは、筋書きにわかりやすい教訓や結論のようなものがないことでした。これは欧米ではあまり見られないことです。ただただ残酷な哀話なのですから。私が注目したのは、高野山に伝わる物語のように現代社会から忽然と姿を消してしまう人は、いまも昔もいるということです。いわゆる“蒸発”は、必ずしも非現実的なものではないのです。生きてはいるけれど、社内の中で死を選ぶ。そこに普遍の死生観を感じました。プロデューサーをはじめとした日本のチームとも話し合い、今回の作品では、欧米人がわかりやすいオリエンタリズムを演出をすることは避けたいと決めていました。そこで、自発的な失踪を題材にすることを決めたのです」

220830_B-TSOW---Still---Saki-Asamiya-4--copy.jpg© Pen Films / Braud Films / Noise Gate Circus / Origine Films

J.B. Braudが主役となる蒸発した女性、千里役に選んだのは、初作『IN THE STILL NIGHT』でも起用した、モデルであり女優でもある麻宮彩希だった。再び彼女を選んだ理由について彼はこう語る。

「彼女のリアリティのある演技力は素晴らしい。表情だけで心情を伝える力を持っています。今回の作品は、言葉にできない複雑な心の動きを伝える必要がありました。初作で彼女の魅力に気付いていたので、今回はもっと素晴らしい作品を作ることができると確信しました。脚本を書く際にも、なるべく役者本来が持つ人物像から千里のキャラクターがずれることがないよう書き進めていきました」

220830_C-TSOW---Still---Maximilien-Seweryn-2-copy.jpg© Pen Films / Braud Films / Noise Gate Circus / Origine Films

また、本作では1カットが長いことも特徴だろう。作品の終盤、千里の表情のフォーカスするシーンは、なんだか1枚の写真に見入るような不思議な感覚になることがある。それは、フォトグラファーから映画監督に転身したバックグランドがあるからなのだろうか。
「シーンを描くというより、一枚の絵を入念に作り上げていくこと意識しています。写真は1枚の画像でストーリーを語ります。映画は1秒間に24コマの映像で、15分、1時間、あるいはそれ以上の時間をかけて物語を作ります。しかし物語やメッセージは、この1コマにこそあります。それを意識することは、とても重要なことだと思っています」

220830_D-TSOW---Still---Saki-Asamiya-2-copy.jpg© Pen Films / Braud Films / Noise Gate Circus / Origine Films

彼は映画の世界にシフトせずにはいられなかったと話す。映画には、写真、絵画、音楽など、すべての芸術が含まれている。脚本も加われば文学の要素も加わる。すべてにおいて強い興味があった彼にとって、総合芸術となる映画は必然的に自分の居場所となった。
「映画のフォーマットは、以前は考えられなかった縦フォーマットなどが取り入れられるなど、どんどん進化しています。ですから、すべてにおいて現在の常識に捉われることなく創作していかなければなりません。これまで私たちは、映画をニッチなアートフィルムと、大衆向けメガ作品に分けて考えがちでした。けれど、きっと、その両方の魅力を備えた作品が作れるはずです。また、それを新しい時代で実現できるのが偉大な映像作家なのでしょう。そんな存在を目指していきたいですね」

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J.B. Braudは、パリと東京の間に暮らすクリエイターたちが、自分たちのインスピレーションを語るドキュメンタリーシリーズ「Paris-Tokyo」の監督も務めた。初の短編映画『IN THE STILL NIGHT』は、2019年にフランスのCanal+で公開され、ショートショート フィルムフェスティバル & アジア2020のほか複数の国際映画祭で賞を獲得。現在、長編映画を執筆中。

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『THE SOUND OF WATER』
●監督/ J.B. Braud
●出演/ 麻宮彩希、マクシミリアン・セヴェリン、朝香賢徹ほか
●2021年 日仏共同制作
●15分
●制作/ Pen Films / Braud Films / Noise Gate Circus / Origine Films
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