イギリス皇太子に受け継がれる、「ヴィクトリア女王シンドローム」とは?
Culture 2022.11.09
ドラマ「ザ・クラウン」シーズン5、第1話のタイトルは「ヴィクトリア女王シンドローム」。ドラマではチャールズ3世が母の退位をイギリスの当時の首相、ジョン・メージャーと画策するシーンが描かれる。これは、フィクション? それとも史実?
エリザベス女王が長男チャールズにプリンス・オブ・ウェールズの地位を授与。(カーナーヴォン城、1969年7月1日) photography: Getty Images
ネットフリックス制作ドラマ「ザ・クラウン」のファンは不思議に思うかもしれない。11月9日に始まるシーズン5では毎回冒頭に、フィクションである旨のメッセージが表示されるからだ。これはシーズン5をめぐって早くも内容への批判が強まっているのをかわすための措置のようだ。批判の矛先はセンセーショナルなでっちあげが含まれている点に向けられている。
なかにはジョン・メージャー元首相やチャールズ3世のイメージを損ないかねないものもある。第1話で描かれるのは1991年、当時のイギリス首相、保守党党首のジョン・メージャーが皇太子だったチャールズ3世と交わした想定の架空の会話だ。チャールズ3世は、エリザベス女王の退位に言及し、なかなか王になれないと嘆く。
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ヴィクトリア女王の後継者の不運
すべてが用意周到に計算された「ザ・クラウン」のこと、第1話のタイトル「ヴィクトリア女王シンドローム」はこのシーンからつけられた。いったいどういうシンドロームなのか? このシリーズの制作者、ピーター・モーガンはかつて63年間、イギリスを治めていたヴィクトリア女王の治世と、エリザベス女王の長い在位期間を同列に考えている。この二人の女王には長い在位期間という共通項があり、結果として、女王の後継者は即位するまで何十年も待たされた。
ヴィクトリア女王の息子、エドワード7世は60年近く、皇太子の座に甘んじていた。これが「ヴィクトリア女王シンドローム」だ。エドワード7世の運命は、チャールズ3世が9月8日のエリザベス女王の死去により、73歳にしてようやく王となった経緯をほうふつとさせる。チャールズ3世も祖父同様のシンドロームだったのだろうか。少なくとも「ザ・クラウン」はそのように描いている......
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即位を待つ
エドワード7世は母ヴィクトリア女王の長い治世(63年7ヶ月と2日)の間、ずっと政務から遠ざけられていた。しかし、あちこち旅することで国際感覚を身につけ、やがて外交通となっていった。ヴィクトリア女王は当初、息子が政務に関わることを一切許さなかったが、1898年以降は少し譲歩して、重要な政府文書の要約を見る権利を与えた。しかしながら原本を見ることは生涯許さなかった。
これはエリザベス女王と長男のチャールズ3世の関係に奇妙にも通じるものがある。イギリスでは長年、息子にはお気の毒だが、女王が息子のために退位する気は全くないようだと言われてきた。もっともフィリップ王配の死去後ほどなくして、当時皇太子だったチャールズの責務は急に増えたのだが。
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物議を醸したシーン
しかし、このような対比には批判も多い。女優のジュディ・デンチは「タイムズ」紙に公開書簡を掲載し、「ザ・クラウン」の「粗雑なセンセーショナリズム」と「70年間、国民に良心的に仕えてきた君主に対する敬意」の欠如を嘆いた。
1990年から1997年までイギリス首相だった保守党のジョン・メージャーもネットフリックスの番組に対して不快感を示し、「ドラマを盛り上げるために嘘っぱちだらけの戯言のかたまりを売りつけようとしている」と非難した。元首相を代弁する声明がCNNに送られ、10月17日、CNNのニュースサイトはこれを報じた。
「ご承知の通り、君主と首相の会話は完全にプライベートなものであり、ジョン卿にとっては今後もそうです。[中略] ジョン卿と当時の皇太子の間でエリザベス女王退位の可能性が話し合われたことはなく、このように不適切でありえない話題が当時の皇太子(あるいはジョン卿)によって提起されたこともありません」と声明には書かれている。
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「ザ・クラウン」は一貫して、歴史的事件を題材にしたドラマとして発表してきたもの
ネットフリックスの広報担当者
ジョン・メージャーはさらに、「ザ・クラウン」に「いかなる形でも」協力したことはないとつけ加えている。声明によれば、このドラマシリーズの「脚本のファクトチェックを求められたことはなく」、報道されているようなシーンがドラマにあってもそれは「悪質で被害をもたらすフィクション以外の何物でもないと考えるべき」だそうだ。こうした批判をネットフリックスは受け流しており、同シリーズの広報担当者によれば、「この「ザ・クラウン」は一貫して歴史的事件を題材にしたドラマとして発表しています。シーズン5(中略)では王室にとって重要な10年間に、密室で起こったかもしれないことを想像しました。この10年間はすでにジャーナリストや伝記作家、歴史家によって検証され、文書化されていますし」とのこと。この第1話で少なくとも、ドラマの方向性は分かりそうだ。
text: Ségolène Forgar (madame.lefigaro.fr)