咀嚼し、言語化し、言葉を選りすぐる──言葉のプロが「若」と慕う、羽生結弦の発信力
Culture 2022.11.25
<2008年にテレビで釘付けになって以来、羽生結弦に注目しているという元朝日新聞事件記者。咀嚼して言語化する、選び抜かれた言葉の力と、他者への気遣い、そして魅力とは?>
若を慕いて──羽生結弦さんとの出会い
当方は羽生結弦さんを『若』と勝手に呼んで慕い申し上げる者でございます。羽生さんが上杉謙信公を題材にしたドラマ曲「天と地と」を演技の曲にお選びになったことに由来します。
こうした活動のほかにも若は震災被災者のため、人知れずさまざまなことをしておられると聞き及んでおります。ご自身の影響力の大きさを誇ることなく、あくまで目立たず、謙虚に自然に行使できる若はまだ27歳。ただ馬齢を重ねたのみの当方は恥じ入るしかありませぬ。(緒方氏談)『羽生結弦 アマチュア時代 全記録』126頁より ⓒ時事
謙信公および、上杉家を家老などとして支えた直江兼続公を尊敬している当方は、いつしか、羽生さんを上杉家の「お殿様=若」、畏れ多くも己を「兼続公=爺や」になぞらえるようになりました。
羽生結弦さんの存在を初めて知ったのは、東京都内の飲食店で流れていたテレビニュースでした。2008年11月、全日本ジュニア選手権で史上最年少の13歳で優勝したときのことです。
当時、当方は朝日新聞で事件全般を担当する編集委員として、日本で目立ち始めた一部外国人による犯罪実態をえぐろうと国内外で準備を進めていました。日本で悪さを繰り返す海外犯罪組織の一員と会う段取りを苦労の末に整え、面会を約束した場所でした。
テレビ画面には細くて、愛嬌のある表情で次々と技を決める少年が映っていました。ジャンプやステップなど競技の技術的なことはさっぱりわかりません。ただ「目にたいそう力と光がある子だな」とミミガーをつまみに紹興酒の熱燗をなめながら思いました。取材相手は結局現れず、羽生さんを知ったことが最大の収穫でした。
そこから羽生さんの快進撃が始まり、翌2009年のジュニアグランプリファイナルも史上最年少の14歳で制覇しました。私の14歳当時といえば「ジャネット・リンさんに会いたいなあ。一緒に滑ってみてえなあ」とぼーっとなるだけのガキでした。なんたる違いか。
その後、2010年の世界ジュニア選手権優勝、2012年初出場の世界選手権銅メダル、2014年ソチ五輪金メダルと世界の頂点に駆け上がる軌跡を追ううちに、当方より30歳以上も年若の羽生結弦さんに魅了されていたのでした。
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強面の元事件記者が涙する羽生結弦さんという存在
自己紹介が遅れました。緒方健二と申します。短期大学保育学科に通っています。2022年4月に入学した1年生です。
朝日新聞は古巣です。2021年まで30数年間、記者稼業をしていました。前職も含むと、ざっと40年間にわたって取材や記事の執筆に明け暮れました。
さような半端者が、全宇宙に熱烈なファンを擁する羽生結弦さんについて書くなどという分不相応な暴挙が許されるのか。執筆のご依頼をいただいてからしばらく呻吟、熟考いたしました。
然れども、文章を書いて長く食ってきた身としては、「衷心より尊敬する人について書くという稀有な機会を逃しちゃならねえ。終生後悔するぜ」との思いがつのり、かような仕儀と相成りました。
若たる所以──選び抜かれた言葉の力と、他者への気遣い
当方が羽生さんを『若』と呼び、かくも敬慕している理由に、その思慮深いお言葉と、お人柄がございます。魅了された言葉は山ほどあります。
総じて言えるのは、羽生さんが言葉の力を深く、深く信じて頼りにされているということです。長く言葉を仕事の道具として使い、それなりに悩んで練ってひねって考えてきたつもりの当方です。ご自身が考えていること、メッセージとして広げたいことをできるだけたくさんの人に正確に伝えるため、選び抜いた言葉をかみ砕いて語っていることが僭越ながらわかるのです。
ご自身もつらい経験をされた2011年の東日本大震災や、障害のある近所の人への思いを語る内容には、心震わされ、涙腺を緩ませてきました。請われて語った子どもたちへのメッセージもまた然りです。
想像でしかありません。しかしながら、体験を繰り返しご自身の中で咀嚼し、言語化し、発信する際には豊饒なる語彙群の中から最もふさわしいと判断した言葉を選りすぐる──。そうした気の遠くなるような膨大な作業を、競技だけでなく、発信においてもおやりになっていると拝察します。
もうひとつは周りの人たちや物への配慮、気遣いです。さまざまな映像を拝見していて気づきました。間違っていたらごめんなさい。スケートリンクの表面にそっと手を置くのは「よろしく」「ありがとう」と感謝を伝えているかのよう。そして、演技を終えて通路を歩いている時には、運営を担う人たちひとりひとりに会釈をしている、ように見えます。
おそらくリンクの氷を整えたり、照明を担ったりする人たちにも同じように接しておられるのではないでしょうか。「自分やほかのアスリートが全力を出して演技ができるようにしてくださってありがとう」との思いを込めて。
当方は、恥も外聞もなく、己よりずっと年若である羽生さんのこうした振る舞いを見習ってきました。
古巣では、主催行事の高校野球や吹奏楽コンクールで挨拶する機会が数多ありました。主役の選手や部員へのねぎらいだけではなく、運営に携わってくださる方々(炎天下で試合途中にグラウンドにトンボをかけてくれる人、演奏者の交代の度にステージの楽器を片付け、新たに並べる女子高校生の皆様など)の役割に触れながら感謝をお伝えしたいと考えてきました。羽生さんのように心持ちが通じたかどうか自信はありません。
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羽生さんファンの優しさと懐の深さ──ツイッターで噛み締める
このごろは若への思慕の情を古巣時代に始めたツイッターで、勝手気ままにつぶやいています。羽生さんファンとツイッターを通じてやり取りできる僥倖にも恵まれ、感謝しています。
いつも驚くのは駄文への反応数の多さです。時に反応は10万を超え、羽生さんを敬慕なさる方の層の厚さと懐のでかさにたじろいでしまいます。
日本国内だけでなく、スペインやメキシコ、中国、米国、台湾など海外の羽生さんファンからもコメントを頂戴します。時折、判読不能の文字によるご返信もいただき、「地球以外の星からのメッセージに相違なし」と勝手に判断しています。「羽生さんファンは全宇宙に」と書くのはそのためです。
当方が短大に入学して習得必須のピアノ実技でもがき苦しんでいると、ご自身の演奏なさる動画を添えて弾き方を教えてくださる。縫い針で指を刺しながら挑んだ実習用名札作りの顛末を愚痴ると、不細工な名札を「きっと子どもに喜ばれますよ」と褒めてくださる(実習でお邪魔した幼稚園でまさにその通りに)。保育士や幼稚園教諭の経験のある方が「期待しています」と叱咤激励のお言葉を掛けてくださる。
羽生さんファンの皆様に、へろへろよれよれの当方がどれだけ勇気づけられてきたことか。
「なんぴとたりともおれの挑戦にいちゃもんはつけさせねえ」。逆立つ髪、固く結んだ口、力みなぎる眉と目が、さような胸の内の咆哮を伝えてくれます。(緒方氏談)『羽生結弦 アマチュア時代 全記録』276頁より ⓒ時事
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音楽家から10代の同級生までを魅了する若よ!
長々としたためました。しかし、当方の独善的な言い分のみでは羽生さんの魅力を語り尽くせません。そこで元記者の端くれとして、私が通う東筑紫短期大学で聞きました。
清塚信也さんが編曲したピアノ演奏バージョン『序奏とロンド・カプリチオーソ』での演技では、清塚さんの美しい澄んだ優雅な音に重ね合わせるような、羽生さんの切ない表情、そして希望に手を伸ばして掴み取る演技に、心が震えて涙しました。序奏は「静」を表現していて孤独の影が見え隠れし、カプリチオーソになり躍動感あふれる「動」に移る。最後のベースのトゥリラーとAマイナーの重厚な和音に堂々とした威厳を感じました。清塚さんのピアノの調べと羽生さんの氷上での舞いが融合されて、世界を魅了した作品だったと思います。
──津山美紀氏(保育学科教授、音楽担当)
フィギアスケートでは、歌(歌手)入りの曲を使えるようになりました。これにより表現力の世界が広がったと思います。歌詞にいろいろな思いを込められるので、演技者はそれをどう氷上で表現するか。羽生選手は曲の盛り上がりでのスケーティングの表現、そうでないときの表現を理解し、「美」も取り入れスケートとの融合を考えているように感じます。
──北嶋季之氏(保育学科准教授、音楽担当)
ほかの選手との違いは、曲のリズムをスケーティング(足の動き)で表現し、楽曲自体を上半身で表現しているところ。他の選手にはできないと思う。国民栄誉賞表彰式でのスピーチ、「僕にしかできないこと、僕しか感じてこられなかったこと、僕しか学べなかったことを伝えていける存在になりたい」が忘れられない。
──笹部聡子氏(保育学科准教授、ピアノ劣等生の私を指導)のご母堂(ピアノ教師)
幼稚園でリトミックを教えています。リトミックは、感じたものを感じたままに表現するもの。「リトミックを続けていると、こんなに表現が上手になるよ」という具体的なお手本になるので、子どもたちにもぜひ、羽生さんの表現を見てもらいたいです。
──児玉亜由実氏(保育学科助教、「幼児体育」担当)
滑っている時の姿と、ステージから上がった時の素の姿のギャップが好きです。テレビで何度も努力している姿を見てきました。ファンからは「かわいい」「かっこいい」の両方の言葉を聞きます。その両方を持っているからこそ出せる魅力があるのだと思います。
──中村百華(ももか)さん(同級生)
高い柔軟性による芸術的なスケート技術がすごい。演技中にみせる驚異の集中力。スケートに対する情熱と執念。高い自己分析と有言実行。いろんな人への気配り。プーさん愛が強い。
──山田美羽(みはね)さん/山本葵さん(1年生)
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爺は、これからも末永くお慕い申し上げまする
愚かな当方は10月初め、体育の授業で腰と足を痛め、いまも毎日杖をついて短大に通っています。体力測定で「体力年齢41歳」との結果を得たので調子に乗り、バドミントンで「若い衆、全員制圧」と張り切りすぎた末の体たらくです。
「気を●●●、この〇〇」。未熟者の当方なら必ずやつくであろう激突相手への悪態の類を一切口にせず、激痛に耐える若の胸中を思うと苦しゅうなります。(緒方氏談)『羽生結弦 アマチュア時代 全記録』94頁より ⓒAFP=時事
羽生さんは、壮絶な鍛錬を重ねてもなお、けがに悩まされたといいます。2014年11月の中国杯では、おそらくは激痛と筋肉の硬直に耐えながら好成績を残しました。私のように「いてえ、いてえ。もう何もできゃしねえ」と愚図ったり、エスカレーターのない地下鉄駅で「このやろう」と毒づいたり(胸の内)は決してしないのが羽生さんです。
若、当方は「非力無力なれど若を見守り、支えたい」と思い定めております(上杉家、直江家のみなさま、どうぞお許しください)。若、今後も全宇宙に遍くいらっしゃる同志とともに勝手に敬慕し勝手に応援する所存、ご迷惑は極力かけぬつもりゆえどうぞご寛恕願います。
緒方健二(おがた・けんじ)
1958年生まれ。同志社大卒。毎日新聞社を経て88年朝日新聞社入社。警視庁キャップ、東京社会部デスク、事件・警察・組織暴力担当編集委員。2021年退社。22年4月短大保育学科入学。
text:Kenji Ogata