ナイジェリアと米国を行き来する、26歳の鮮烈なデビュー作。

Culture 2022.12.26

『パープル・ハイビスカス』

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チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著 くぼたのぞみ訳 河出書房新社刊 ¥3,410

作者は母国ナイジェリアと米国を行き来する作家。本書はアディーチェ26歳の鮮烈なデビュー作だ。

舞台はナイジェリアの都市エヌグ。語り手の「わたし」ことカンビリは15歳の少女である。

父は成功した実業家で、軍事政権に抵抗する民主的な新聞の発行者でもあった。が、外と内では大違い。この人は狂信的なカトリック信者で、戒律を破ったとか異教徒と交流したとか成績が落ちたとかの理由で、妻や子どもたちに暴力をふるうDV男だったのだ!

それでも父の愛を信じていたカンビリに新しい価値観を教えたのは大学の講師をし、エヌグほど便利ではない町に住む叔母(父の妹)だった。快活でオシャレにも余念のない同い年の従姉妹アマカにも感化され、カンビリも次第に自由への憧れを育ててゆくが……。

植民地時代に西欧から持ち込まれキリスト教文化と土着の文化がせめぎ合い、政情も不安定だった1990年代の西アフリカ。日本とは文化的背景がまるで異なるはずなのに、カンビリに感情移入できるのは、彼女が置かれている境遇が世界共通のものだからだろう。

父の暴力はあまりにも凶暴で、カンビリはいつ反乱を起こすかと、じりじりしながら私たちは待ちわびる。だが実際に反乱を起こしたのは、17歳の兄ジャジャと、従順なだけに見えていた母だった。

〈彼女は終わりのない議論に無駄なエネルギーを使ったりしませんが、でも、きっと心のなかではいろんなことを考えてる、わたしにはわかります〉。カンビリが密かに恋心を抱く神父が、おとなしい彼女を評した言葉だが、そういう人は世界中にいるはずだ。

物語のキーポイントとなる「聖枝祭」とは復活祭の1週間前の日曜日を指す。結末はショッキングだけれど、受難の後に必ず復活の日が来ると示唆しているよう。世界中のカンビリに幸あれと、誰もが願うに違いない。

文:斎藤美奈子/文芸評論家
1956年、新潟県生まれ。編集者を経て、94年に『妊娠小説』でデビュー。2002年、『文章読本さん江』(ともに筑摩書房刊)で第1回小林秀雄賞。近著に『挑発する少女小説』(河出書房新社刊)。

*「フィガロジャポン」2022年9月号より抜粋

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