16歳で夫に殺された、メディチ家の娘の「生」を描く。

Culture 2023.09.12

毒殺された実在の少女の胸の内、自由への希求を鮮やかに描く。

『ルクレツィアの肖像』

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マギー・オファーレル著 小竹由美子訳 新潮社刊 ¥3,080

史実の陰に埋もれていたシェイクスピアの妻を鮮やかに描き出した『ハムネット』で全米批評家協会賞など数々の受賞をした著者が、新たな小説の主人公に選んだのはルネサンス期に栄華を誇ったメディチ家の娘、ルクレツィアだった。病死した姉の身代わりに、13歳でアルフォンソ2世と結婚したものの、16歳で亡くなっている。その死は毒殺という説がある。

かくしてこの小説も密やかな心理劇で幕を開ける。彼女は、すでに予感しているのだ。優しい夫が、自分を殺そうとしていることを。

「夫は彼女のことを、うぶで世間知らずの妻、子ども部屋から出てきたばかりの女だと思っているのだろうか? 彼女にはすべてわかっている。夫が綿密に、あらゆることに配慮して計画を立てたのがわかっている」

予告された悲劇的な結末を果たして逃れられるのか。

侯爵夫人としての彼女は、すべてを与えられているようで、実はすべてを奪われている。豊かな感受性も、絵の才能も、発揮する必要のない無用のものだから。妻としての義務を果たし、ただ世継ぎを産めばいい存在として閉じ込められている。死と隣り合わせの生。封印されているからこそ、否応なくほとばしる鮮烈な命の輝きは、彼女の瞳の奥に潜む虎、1匹の獣として象徴的に描かれている。実在した女性だが、史実ではほとんど何もわかってはいない。作家の縦横な想像力が、沈黙の扉をこじ開け、語られることのなかった胸の内を語らせる。ひとりの少女の殺気立つような自由への希求は、なんて美しいのだろう。願うこと、決して諦めないこと、どんな女も、どんな状況であれ、自らの真に望むものを生きればいい。残酷な支配にどのように抗ったのか、サスペンスフルな展開に息を飲む。遺された肖像画から綿密に織り上げられたタペストリーのような物語を読み終える時、獰猛な虎が読む人の瞳の奥にも棲みつくかもしれない。

文:瀧 晴巳 / ライター
インタビュー、書評を中心に執筆。西原理恵子著『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』(KADOKAWA刊)、吉本ばなな著『「違うこと」をしないこと』(角川文庫)など、構成も多数手がける。

*「フィガロジャポン」2023年10月号より抜粋

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